小脳の訓練

私は幼いときから「くすぐり」に弱い。Wikipedia先生によれば、くすぐったいと感じる箇所は一般に動脈が皮膚に近いところを通っている部位らしい。こうした部分は万一怪我をすると多量の出血を伴いかねない危険部位で、そのため付近には自律神経も集まって、外部からの刺激に対しては特に敏感になっている。この自律神経と密接な関係にある小脳では、こうした危険部位への刺激に対する予測と、それに対する感覚の制御を行っている。だから普通の人は、自分で「危険部位」をくすぐってみても、その刺激は小脳の予測どおりゆえに、身体は違和感を感じず、くすぐったいとは感じない。

ところが私は、他人にくすぐられたときはもちろん、自分でちょっとわき腹を触っただけでも「くすぐったい」と感じてしまう。誰かにくすぐられてその場に倒れこんでしまうことなど決して珍しいことではない。それは、一撃で葬られてしまうこともあれば、柔道の締め技のようにじわじわと追い込まれることも。いずれにせよくすぐられた瞬間パニックになるのだが、どうやら小脳が混乱を起こしているようだ。大人になると皮膚感覚は強くなり、くすぐったいと感じることも減ると聞いた。しかしそのような良い兆しはまったくなく、いつまでたっても皮膚感覚は子どものままなのだ。

私の皮膚感覚の幼さは日常生活に支障が出るレベルだ。学生の時分に部活の後輩からわき腹を掴まれ、その場で気絶してしまいちょっとした騒ぎになった。あるいは授業中に後ろの席の子からつつかれて素っ頓狂な声を発したことなど数えきれない。

そんな私を最近悩ませているのが、全身の「かゆみ」である。ある持病の薬がの副作用が表れ始めたのだ。なかなか頑張ってくれる薬なのだが、副作用に「皮膚感覚の過敏化」とある。これが厄介なのだ。私の身体は非常に“正直”で、主効果だけでなく、副作用もしっかり現れる。そのためこの薬を飲むと体中がかゆくなる。タチが悪いことに、内もも・腋・わき腹と、最も皮膚感覚が敏感な部位からかゆくなるのだ。

薬を変えてから初めてわき腹にかゆみを感じたときのこと。何気なくわき腹を掻いた瞬間、いつもよりも強い「くすぐったい感覚」が全身を駆け巡り、奇声を発してしまった。薬の副作用は「くすぐったい」と感じる神経まで過敏にしてしまったのである。自分の行為で情けない声を発してしまったことに絶望しきりだった。

副作用が表れ始めてから数か月が経つが、かゆみは収まることを知らない。強く掻いても、優しく掻いても、くすぐったい辛さは変わらない。歯を食いしばって一思いに掻きむしるが、思わず声が出てしまう。授業中にかゆくなったときには、もうどうしろと。かゆみとくすぐったさの相乗効果は、私にとって拷問どころではない。

漢字検定のための勉強をしているが、「くすぐる」は漢字で「手」が「楽しい」と書く(擽)。一体誰がこんな嫌味な漢字を考えたのか。大脳を鍛える前に、小脳にくすぐったいと感じるメカニズムを覚えさせなければ、と決意を固めるのだ。

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