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地方で生きるということ

除雪してくれたら家賃無料ーー
普通免許で運転できるタイヤショベルを使い、雪が降った日の朝を中心に作業をする。平均して約2時間の作業量といい、月額4万5千円の家賃が無料となる。除雪のみすればよく、夏場の作業はない。

1月23日に、こんな報道がなされました。(記事リンク

1階の1室(2LDK)を家賃0円で提供する代わりに、入居者は建物周辺の除雪を行なう。“年間54万円の家賃”は除雪業者に依頼する料金はほとんど変わらない。

すぐ金額に換算して考えるのは野暮だけど、「お金に拠らない価値の提供」これこそが、地方で生きる僕たちの暮らしを、ギスギスせずに成り立たせるヒントだと思っています。


報道を見たとき、ある本の中にあった、次のような文章の一節が、僕の頭の中をよぎりました。

 「生きていくのにお金が必要な度合い」は、都市に近づくほど強く、遠ざかるほど弱い。生存に欠かせない水・食料・衛生環境などの環境資源を都市はシステムとして構築・提供していて、それらへのアクセスにはある程度のお金がいる。

 しかし、遠ざかればその重力は弱くなる。田舎のお爺ちゃんおばあちゃんは、口を揃えて「昔はこんなにお金を使わなかった」という。別のシステムを持っていたし、互いの価値交換もお金以外の媒体を通じて行われていたわけだ。(P.270)
 「生活のためには働かなければならない」という言葉をあたり前のように口にする人がやや多すぎる気がするのだけど、もしそれが「お金が要る」というだけの話なら、とりあえず該当する重力が強い場所を避けることはできる。くり返しになるが、その分布は決して一様ではないし、社会的に作り出されている側面も大きいので。
 あたかもそれを、自然の摂理のように受け入れて生きてゆく必要はないだろう。(P.273)
 「地方の経産局の仕事の大半は、霞ヶ関がつくった経済振興策のローカライズ。“地域の特性や文化を活かして”という言葉は付くが、要は同じことを求められがちだ。取り柄を活かして“経済成長しなさい”ということを。
 しかし結果や成果について東京のそれを測るモノサシをあてているかぎり、四国も関西もどこもかしこも、いつまでも『東京ほどではない』一地方にすぎない。(中略)
 私たちは東京と違うモノサシや道しるべを手に入れる必要があるんじゃないか?(P.275)

幼い頃大好きだった手塚治虫「火の鳥」でも、最近ようやくみたアニメ「サイコパス」でも、そこに描かれている未来は「都市部一極集中」で、それはもう後戻りできない既定路線なのかもしれません。

多くの地方自治体や官庁の地方機関が、たいていは東京在住の文化人や有識者をブレーンに招き、その地方の今後の方向性を言葉にし、広域計画や経済スキームにまとめて発表する。しかし特に強制力はもたないし、制度改革のように具体的な社会のツマミをいじるわけではないので、結果として能書きで終わる。(P.276)

お金はいつでも欲しいものと交換できる便利な機能を持つがゆえに、多くの方に求められるものです。

しかしお金による交換はあくまでも一手段でしかなく、むしろそれ以外の手段によって確保できる資源のほうが、永続的で自立した暮らしにつながることでしょう。

「経済成長」というお金を基準にした都会のモノサシに合わせるのではなく、地方で生きていくには、お金・モノ・手間を組み合わせて、その暮らしを作り出していく自由を享受できる「贅沢さ」が、地域本来の価値であり、あり方なのではないかと思っています。

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【みんなの0円物件】無償譲渡の不動産マッチング支援サイト https://zero.estate/ の運営にすべて充ててまいります。

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ローカルビジネス・プランナー|空き家処分アドバイザー|地域に特化したビジネスのデザイン・プロデュースと、遊休不動産の処分・利活用支援。【みんなの0円物件】無償譲渡物件の不動産マッチング支援サイト運営。未来の世代に残す宿題を、少しでも軽くしたいと思い活動しています。