ポッテンジャーの猫

『シュレディンガーの猫』という言葉を聞いたことがある人は多いだろうが、『ポッテンジャーの猫』はあまりなじみがないかもしれない。

フランシス・ポッテンジャー博士は1932年から1942年にかけて、以下のような実験をした。目的は、加熱した食材が猫の健康(成長や生殖)にどのような影響を与えるかを調べることである。
猫を集めてきて、「普通食」群にはこういう食事を与える。
普通食:生肉(モツ、骨を含む)、生乳、タラ肝油
この比較として、「欠乏食」群を設定する。具体的には、
欠乏食:加熱調理した肉 or/and 加熱殺菌した牛乳(or粉ミルクor加糖練乳)、タラ肝油なし
ポッテンジャーは欠乏の条件を変えて複数の比較実験をしました(たとえば「生肉vs 加熱調理肉(その他の条件は同じ)」、「生乳 vs 加熱ミルク(その他の条件は同じ)」など)。
10年間で900匹の猫を観察した非常に力の入った研究です。どのような結論が出たと思いますか?

「普通食」群の猫は飼育室のなかを元気に走り回り、運動能力も優れていた。毛並みがきれいで、性行動も正常。高いところから放り投げても適切に着地する。
「欠乏食」群の猫は関節炎を生じ、動物園の動物のように無気力だった。高所からの放り投げ実験では着地が下手だった。行動に落ち着きがなく、一か所にじっとしていられない(現代でいうところのADHDのよう)。毛並みの色つやが悪く、すぐ皮膚病になった。口腔内病変が著明で、たとえば、大臼歯の歯茎に歯肉炎がある。歯茎は全体に柔らかく、赤みを帯びていた。

なお「普通食」群の口のなかは、歯肉がしっかりしていて、色調も普通のピンク色。顎の力も強かった。

ここまででも十分、普通食と欠乏食の違いは明らかだろう。しかしこの研究の真骨頂は、食餌が個体に及ぼす影響だけではなく、世代に及ぼす影響をも明らかにしたことだ。

普通食を与えられた猫の子(第2世代)は、欠乏食を与えられた猫の第2世代とくらべて、体格がしっかりしていた。
たとえば、普通食群の親から生まれた第2世代(生後16週)の体重が2000gだった一方、欠乏食群の親から生まれた子は1600gしかなかった。
顔つき、目つきからしてまったく違って、たとえば、

この猫は普通食第2世代。丸々とした顔をしている。

死後の骨はこんな具合。
頬骨弓がしっかり頑丈で、前頭洞が完成していている。骨(カルシウム)が全身に占める割合は、重量あたり12~17%を占めていた。

一方、これは加熱食第2世代の顔。
頭が平らで丸みがなく、生肉群と比べて全体的に小さい。頭が小さいということは、脳も小さいということです。

骨を見ると、頬骨弓が未完成で鼻腔も未発達。カルシウム量は10%に低下した。

加熱食の第3世代では特徴がさらに顕著になる。

頭蓋骨は明らかに小さい。頬骨弓はほとんど発達していない。骨は紙のように薄く、スポンジゴムのように柔らかい。前頭洞は奇形のようで、口蓋裂を生じる個体もある。カルシウム量は3%に低下した。

これ、加熱食第2世代のメス猫ですが、ほとんどオスのようにスリムな体格をしている。そしてこれはこの猫の子(加熱食第3世代)。

目と鼻にアレルギー症状がみられる。他にもぜんそくの個体がいた(これは「ぜんそくを発症した猫」として世界で最初の報告例となった)。

加熱食第3世代は極めて脆弱だった。骨が弱く簡単に骨折した(飼育室の日当たりは良好であるためビタミンD不足による骨折はない)。協調運動が拙く、たとえば金網に爪をひっかけると自分でそれを外すこともできない。動くとすぐに疲弊した。
さらに、生殖をすることができなかった(従って加熱食の研究は第3世代までで終了)。まず、性的な興味がなくなっていた。仮に性行動をしメス猫が妊娠したとしても、胎仔は未熟で正常に成長できなかった。
一方、普通食の第3世代は健康そのもので、旺盛な繁殖力をも示し、第4世代、第5世代も健康であり続けた。

先日、北海道にアサイゲルマニウムの講演会に行ったとき、講演会終了後に食事会があった。たまたま僕の隣に座った女性がこんなことを言うわけです。「先生、ゴールデン飼ってるんですね。私も昔ラブラドールを飼っていました。ロンちゃん、ツモちゃんにはどんなエサを食べさせていますか?」
いや、実はエサにはすごく悩んでいます。最初は大手ドッグフードメーカーのものを食べさせていましたが、皮膚病になってしまって。いろんなメーカーを試しましたが、最初はいい感じでも、だんだん合わなくなったので、いっそ市販のフードはきっぱりやめて、手作りフードにチャレンジしたり。でもどんな食事がベストか、僕にも分かりません。今でも手探りです。
「分かります。私も同じことで悩みました。私が最終的に行きついたのは、生肉です。北海道で生肉のドッグフードを作っている人がいます。このHPを一度見てみてください」

おもしろそうだったので、生肉(鶏ミンチスティック、牛フレークミンチ)を注文してみた。届いた生肉を犬に見せると、ツモ(10か月)は大喜びで食べたが、ロン(2歳5か月)はクンクンにおってからプイと横を向いて食べようとしない。ツモはさらにお代わりを要求するように熱烈に僕を見て、それじゃロンの分もと差し出すと、一瞬で口の中に消えた。ツモがあまりにもおいしそうに食べるものだから、「そんなにうまいのなら俺にもくれ」という感じでロンが寄ってきたので、ロンの鼻先に生肉を近づけると、今度はぺろりと食べた。
それ以来、毎日生肉を食べさせるようになった。
すると、どんな変化が起こったと思いますか?
ロンがときどき遠吠えをするようになりました。散歩しているとき、メス犬を見ると何とかして近づこうとする。“男の子”になっちゃったわけです(笑)
2歳を超えれば十分成犬なのに、そういう行動が見られないのを不思議に思っていたんだけど、ようやくロンにも春を思う季節が来てしまった。
健康な人は、健全な食欲、健全な睡眠欲、健全な性欲を備えているものだけど、これは犬にも当てはまるだろう。今まで性欲らしい性欲がなかったのが逆に不自然だったんだ。
ちなみに、ロンツモ用の生肉、僕も食べてみた。犬があれだけおいしそうに食べているのだから人間が食べたって問題ないだろう。ひとつ味見をしてやろうと思って。すると確かにおいしい。ユッケの感覚を思い出す。それから毎日、ロンツモにエサをやるときに、僕もひとくちだけ食べる。そういうことをしていると、ある朝の起床時、股間がギンギンに固くなってしまった(笑)なるほど、これが生肉のパワーかと思いました。

実は生肉が体にいいことには確信があった。以前の記事で生肉の効用について紹介したことがある。
https://clnakamura.com/blog/5248/
体調不良のDerek Nanceさん。世間でよく言われる健康法、食事法を試したが、何をやってもうまくいかない。デレクさんを救ったのは、生肉食だった。

食材を加熱することにはメリット(保存性が高まったり風味が増したり)がある一方、デメリットもある。それをあぶり出したのが、900匹の『ポッテンジャーの猫』だった。
しかし、、、
高まり過ぎた性欲は、人間にとっても犬にとっても、けっこうな厄介者で、生肉は禁断の玉手箱だったかもしれない。坊主が肉食を禁じるのは動物愛護だけが理由じゃないってことがよくわかりました。