レシチンと記憶

40代女性
当院に1年ほど通院中。通院当初はアルコール多飲が主訴だったが、ナイアシンなどの投与で大幅に軽快した。
しかしその後は主に婦人科系疾患(子宮内膜症、膣カンジダ、月経不順、性欲低下など)をフォローしている。
先月の受診時、ビタミンEとレシチンを勧めた。その次の診察時のこと。
「先生に勧められてビタミンEとレシチンを飲み始めたんですが、いい感じです。
ビタミンEのおかげだと思うんですが、月に1、2回あった不正出血がなくなって、おなかの痛みやカンジダもなくなりました。
もうひとつ、不思議なことが起こりました。
やたら昔のことを思い出すんですね。それも、とても嫌な記憶。
すっかり忘れていたことを、ふとしたときに、すごくリアルに思い出したり。夢に見たり。それで、妙に落ち込みました。
感覚的には、ビタミンEではなくてレシチンのせいかなって思うんですけど、そういう作用ってありますか?」
いえ、初めて聞きました。
レシチンによってアセチルコリンの代謝が改善して、記憶力の増強につながる可能性はあると思います。でも、過去のトラウマの想起とか悪夢という副作用は聞いたことがありません。
「最初は苦しかった。自分のなかで抑圧していた記憶が、どんどんよみがえってきて、それで泣きました。本当に、涙が出ました。
思い出したんです。20年以上前のこと。
私、彼氏と同棲していました。好きな人で、毎日お弁当作ったり料理してあげるのが楽しくて、幸せだった。
でもその彼から、ひどいふられ方をしたんです。『他に好きな女ができたから別れてくれ』って。
口論になって、逆上した彼氏が言いました。『お前が作った弁当な、まずいから食えたもんじゃない。毎日ゴミ箱に捨ててたんだぞ』って。
本当か嘘か知りません。でもこの言葉が本当にショックで。
ショックすぎて、この口論のこと、忘れていたんです。
でも、この一件があって以後、私は変わりました。その後何人かの男性とお付き合いしましたが、弁当を作ることも料理を作ることもしなくなりました。
なぜ料理しないのか、自分でも分からないんです。
健忘というのか記憶の抑圧というのか、精神科的に何ていうのか知りませんが、根本的な原因は思い出せなくなってて、ただ、彼氏に料理を作ってあげることができないっていう。
5年前に結婚して、娘が生まれました。『この子のために、パパのために、おいしい料理を作ってあげよう』って思う。でも台所に立つと、なぜか体が動かない。
おかしいなって自分でも思います。料理をしようっていう意識はあるのに、包丁が使えなくて、食材を切ることもできないわけですから。
夫が料理してくれる人で(考えてみれば、あの彼氏の別れて以後、お付き合いした男性は皆、自分で料理をする人ばかりでした)、私は私で外で仕事がありますから、ちょうどよかったとはいうものの、妻として、母として、料理のできない自分にもどかしさは当然感じていました。

その私が、料理ができるようになったんです!
レシチンを飲み始めて、つらい記憶がよみがえって、泣きました。『私、すごく傷ついていたんだな』って気付きました。
20年前の私は、彼氏に言われたショックなことを受け止める勇気がなかった。心の奥にしまい込んで、鍵をかけた。『忘れてしまわないと立ち直れない』と頑なに思い込んで。
仕事に打ち込んだり、他の男性と恋愛したりして、つらい記憶を見まいとしていた。料理なんて二度とするものかって心に固く決めてた。男のために料理なんて絶対してやるものかって。
そんな私が、ある朝起きたとき、ふと、夫のためにお弁当を作ってあげたいって思って、それで作れたんです!
誰に言っても分かってもらえないかもしれないけど、これは私にとっては、本当に奇跡なんです!」

僕はこの話を聞いて、震えた。
予想もしていなかった作用である。栄養が体に効いたというより、心に効いた、とは、こういうことをいうのだろう。
ホメオパシーには過去のトラウマに効くレメディーがあると聞いたことがあるが、効き方としてはその雰囲気に近い。
レシチンが、患者の心の底に沈殿していた記憶を掻き立て、それで一時的につらい思いが沸き起こったが、やがて沈静化した。
レシチンの作用は、記憶の忘却というよりも、浄化のように思われる。

「でも、酒はやめれていません笑。ビールではなくて焼酎を晩酌に少しだけ。
甘いものも食べちゃうし、以前よりは減りましたけど小麦もたまに食べてます。それでも、体調は以前と比較にならないくらい、いい感じです。
あと、娘に幼稚園をお受験させて、合格しました。他のママ友から『なんでこんなにしっかりしてるの?』って聞かれます。
どのお母さんも、まさか去年には発達の遅れを指摘されていたなんて、想像もつきません。
言葉が遅くて、去年まで自分の名前も言えなかったぐらいの娘が、今、『ちょっとうるさいから黙ってて』と言わないといけないほどによくしゃべります笑。
活発で元気。しかも、なんていうかな、"話せばわかる"って感じの子で、すごく育てやすいです。風邪もひかないですし。
明らかに、有機ゲルマニウムのおかげだと思っています」