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第92話 ブラックジャック

スウィートブライド代表中道諒物語。ウェディングプランナーに憧れ百貨店を退職し起業。でも40歳で全てを失う大きな挫折。そこから懸命に這い上がりブライダルプロデュースの理想にたどり着くまでの成長ストーリー。※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

2017年1月。

夜、長男とお風呂に入っている。

「この春から中学生かぁ。楽しみやな」

「部活どうしようか迷ってる。やっぱ剣道するべきかな?」

「お前が剣道したければすればいいし、自分のやりたい事やればいいんじゃない?」

「うん。そやな・・・。最近、先生から将来の夢とかやりたい事を聞かれる事が多い。これから先の進路を決めるのに、必要なんだって」

「ふーん。何かやりたい事あるんか?」

「そんなんあるわけないやん。まだなんにもわからんわ」

「そらそやな。50歳前のパパでもわからんのに(笑)」

「パパの仕事って、僕どやろ?」

「たまに聞いてくるよな。パパの仕事はしゃべれなあかんぞ(笑)」

「そやった」

「それよりパパの仕事の内容、わかってきた?」

「うん。だいたい」

「言うてみ?」

「結婚式のプロデュースやろ?」

「それは合ってるけど、どんな内容?」

「プロデュースの内容まではあんまりわかんないけど、パパの会社にはすごいプロが集まってて、すごい結婚式ができる。小さいけど大きなところに勝負を挑んでるって感じ。ブラックジャックとか、下町ロケットとか」

「おぉぉ、そんな過大評価してくれてるの(笑)そんなええもんじゃないけどな。でもブラックジャックはすごい手術するけど、すごい金とるよな。パパは低価格路線だからブラックジャックではないかな(笑)でも、ブラックジャックのようなすごい技術でお客様に喜んでほしいとは思ってるよ。そういう意味では間違いではないかな」

「ワシオちゃんがおるからな」

「ハハハ(笑)そやな。鷲尾ちゃんの事覚えてるんやな」

「うん。前にレストランで結婚式あった時に会ったやん。あの時ちょっと話したから」

「そやな。鷲尾ちゃんおるから、パパの会社ブラックジャックになれるかもな(笑)じゃ、将来スウィートブライドに入るか?」

「いや、ボクはしゃべれんから、公務員でいいわ」

「お前公務員バカにしてるやろ。今どきの公務員は逆にしゃべれなあかんのやぞ。それにパパの仕事より公務員の方がよっぽど大変で仕事キツいと思うぞ。まぁ心配せんでも大丈夫、その内しゃべれるようになるわ。パパの子やし」

僕がオードリーウェディングの全てを失った時、長男の幼稚園のはじめての運動会があった。あの日から僕はこの子の成長と足並みを揃えるように、自分の人生を立て直していった。

この子が成人になるまで、スウィートブライドは続けていきたいな・・・。そんな風に思った。

2017年3月。

今年の春シーズンが開幕した。

例年に違わぬ組数で、毎週ビッシリと埋まっている。この頃の僕の動きは、ますます「仲人化」していた。細かなご両家の問題に首を突っ込む機会が増え、結婚式のプロデュースをしているのか、結婚そのもののお世話をしているのか、わからないくらいの状態になっていた。

仕事の質が、さらに内面へと向かっているようであった。

僕は、他社の企画やプラン、またウェディング情報誌などはほとんど見ない。だから今のブライダルの流行りを実はよく知っていない。

スウィートブライドの結婚式は、十人十色。2人やゲストの空気によっていかようにも変化する。だから、金太郎飴のような時代の流行りより大切な事がたくさんある、というのが僕の持論であった。

それでも、流行りを知る事も必要な事で、僕はそれをチームに託した。スウィートブライドは感度が高いプロチームだ。感度が高いというのは、時代の流行りはもちろん、結婚式当日の中で良い悪いの判断もできるという事。

そういうプロが僕を囲んでくれていると、僕が時代を見る必要がなくなる。だからそういう部分はチームに任せ、僕は、より親族や友人の内面へと目を向ける事ができるのだ。

15年プランナーの仕事をやってきたけど、新郎新婦の2人よりゲストを優先に行動できるようになってきたのは、つい最近の事だ。

ホテルや専門式場は、おそらく新郎新婦の2人にべったりじゃないかと思う。新郎新婦の2人が喜んでくれればいい訳だから。でも、僕の場合は式場とは違い、ゲストにべったり。親族や友人が楽しんでくれるのが一番で、それこそが新郎新婦の喜びにつながるものだと考えている。

でも、それができるようになるまでは、本当に試行錯誤の繰り返しだった。

プランナーの僕がゲストに多くの時間を割くという事は、当然新郎新婦2人のケアがおろそかになったり、めまぐるしく変化する進行の中での指示や通達もおろそかになってしまうものだ。しかし、僕がゲストに時間を割く事を可能にしてくれたのは、今のチームメンバーに他ならない。

いいチームを持つという事は、時間に余裕が生まれ、もっと奥行きのある仕事ができるのだ。

最近、ある結婚式の途中で若い女性のゲストからこんな事を言われた。

「今日は朝から、全然時間やスケジュールに追われている感覚がなく、進行されてるのがすごいと思います。せかされている感が無いのにオンタイムですよね」

「何か、プロみたいな事言ってくれるね(笑)でも、そんな風に言ってくれるのが一番嬉しいです」

「いや、私もイベント系の仕事してるんですよ。だから中道さんの凄さがよくわかるんです。一見派手ではないけど、こんな風に客が思えるってめっちゃスゴイと思います!」

「ありがとう。じゃ同じプロとして説明するとね、僕が凄いんじゃなくて、チームが凄いのよ。僕が総指揮をしなくてもいいようにしてくれている。そこに尽きるかな」

ようやく僕が求めている答えを言ってくれるゲストが現れたのだ。それは僕が心から待っていた瞬間かもしれない。これまでもやがかかっていた僕の心が少しクリアになったような、そんな春シーズンであった。

これまで結婚式のなんたるかを、追求してきた。
今になって、それがようやくわかってきたように思うのだ。

僕はブラックジャックになれるだろうか。


第93話につづく・・・


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