見出し画像

第9話 ブログカスタマイズ

スウィートブライド代表中道諒物語。ウェディングプランナーに憧れ百貨店を退職し起業。でも40歳で全てを失う大きな挫折。そこから懸命に這い上がりブライダルプロデュースの理想にたどり着くまでの成長ストーリー。※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

リヴェラデザインで新しい企画をスタートした。
アメーバブログのトップページを普通のホームページのような見栄えにするブログカスタマイズだ。

このブログカスタマイズには結構な企業が参戦していてすでに成熟されつつある分野ではあったが、僕はあえてこの世界に参戦する事にした。

「ここにグローバルメニューを置きたいんだけど」

「こんな感じですか?」

「いや、おかしい。両サイドにラインをつけてみて」

「これでどうですか?」

「いや、それは広すぎ。もう少し狭くなんない?」

「じゃ、これでどうですか?」

「いや、もう0.1mmほど・・・」

こんな僕の細かい指示に淡々とした冷静な口調で応えてくれているのは岸田幸太郎。京都大学出身の35歳でフリーのウェブコンサルタントだ。

彼とは5年前に、あるウェブデザイン制作会社で知り合い、その後オードリーウェディング時代にIT分野のサポートをお願いしていた。

僕がオードリーウェディングを辞めた時、ほとんどの人が僕から去っていく中で唯一僕の元に残ってくれた人物だ。だから僕にとっては誰よりも信頼できる大切なパートナーと言える。

今回のブログカスタマイズは、そんな彼からの提案で始まった。

ブログカスタマイズの売価は49800円。
これを僕と岸田君で折半した。僕がお客様との接客全般とカスタマイズのデザイン制作をして、岸田君はそれらのデザインのシステム構築とリスクマネジメントを担当した。

立ち上げた直後から思ってたよりスムーズに受注し、関東や九州など日本全国から問合せが入った。

引きこもり状態の僕にとっては、新しいお客様からの問い合わせは小躍りするくらい嬉しい事。大げさなようだけど、生きてる事を実感した。

1件売って僕の手元に25000円というのは、決して割りのいい商売ではなかったけど、ゼロから這い上がろうという僕にはそこでのお客様との出会いは宝物のように感じられたのだ。

このブログカスタマイズをやりながら、メインであるウェブサイト制作の顧客も徐々に広がっていった。そこでも僕が営業、デザイン制作、そして岸田君がシステム構築、リスクマネジメントと役割を分担した。

まだ先は見えないけど、僕は目の前の仕事だけを見てただひたすらに没頭した。

そんなある日の夕方だった。

パソコンが動かない・・・
こういう天災は突然やってくる。

(あぁ・・・、きたか・・・)

主戦のパソコンがやられると精神的ダメージが大きい。ただでさえふらふらの今の僕にとっては。

大切なデータは全て別のハードディスクにバックアップしているので、撃沈とまではいかないけど、パソコンを初期化するとなるとゾッとする。

「あかん・・・。パソコン壊れた」

僕は吐息まじりの声で岸田君に電話をした。

「今、受けてる案件については、僕の方で出来る作業をして何とか時間をつめますから、中道さんはまずパソコンを直してください。費用がかさむようであれば、僕の方でも工面しますので」

「すまん・・・、今から修理屋行ってくるわ」

車で20分のところにあるパソコンショップに行く。
検査にだしたら1週間くらいかかるらしい。

(人生の大変な時に、よくまぁこれだけ試練を与えてくれるものだ・・・)

相当に落ち込むものの、辛い事があれば良い事がきっとあるはずだと前向きに捉えるしかなかった。

パソコンショップから電話があったのは5日後。修理は無事に完了し、出費は3万円だった。

(さぁ、この5日間を挽回しなきゃ!)

こうして何かが壊れた時に思うんだけど、当たり前のようにあるものが当たり前のようにあるって、実は一番幸せな事なんだと。

仕事しかり、家族しかり、健康しかり・・・。見えないものの大切さが身に染みてわかった。

今僕は新しいビジネスをスタートし、荒波の中で必死に全力投球している。ついつい利益勘定の事ばかり考えてしまいがちだけど、日々こうしてうちこめる仕事がある事は幸せな事なんだ。

今回のパソコンの故障は、またひとつ何かを教えてくれたように思った。

2010年1月15日。

最近雨が続いていたけど、今日はいい天気だ。

眠い目をこすりつつ階下のキッチンにおり、珈琲をいれる。今朝は行きつけのカフェで買った「神山」という希少な豆。独特の芳香がただよう。

2階の仕事部屋に戻り、まずは一杯。
朝陽を浴びてるんだと感じながら、美味い珈琲を飲む。ちょっとナルシストの方が気分も高揚するというもんだ。

オーディオからは小曽根真さんの「トレジャー」。

”家人の神野美鈴(奥様)は、大切な事を頑固で怖がりだったピアニストにしっかり伝えた。大変なエネルギーだったと思う。Only We Knowは僕達2人にとって今までの大切な気持ちや思いがいっぱい詰まった曲。そこを通ってきて僕は今ここにいる”

奥様への想いが綴られた小曽根さんのライナーノーツを読みながら改めて「Only We Know」を聴くと、とてつもない愛の力に圧倒される。

僕が今歩んでる道が、小曽根さんの言う「そこを通ってきた道」でありたいと思った。それがきっと僕からワイフへの想いにもなると信じて。

「ほら!遅刻するよ!早く起きて!」

今日も、ワイフの声とともに我が家の一日はスタートする。


第10話につづく・・・



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?