見出し画像

欧州君主家における「女尊男卑」:男王の妻はQueen、女王の夫はPrinceという不平等

はじめに

 見過ごされがちだが、現代の君主制国家の一部には「男尊女卑」ならぬ「女尊男卑」の傾向がみられる。

 君主制と「女尊男卑」というワードの連関として、わが国の皇位継承議論を思い浮かべる方もおられよう。保守派の中には、男系に限る皇位継承方法について「一般女性は誰でも結婚によって皇族になれるが、一般男性はなることができない。ゆえに、男尊女卑ではなくむしろ女尊男卑だ」と主張する者も少なくないからだ。

 皇室は外部の女子は受入れてきたが、外部の男子を一人も受入れてこなかった。それが男系継承の趣旨である。つまり、女性宮家の拒絶は、女性を排除するのではなく、男性を排除する考えなのである。これは男尊女卑ではなく、むしろ女尊男卑というべきであろう。
 ――竹田恒泰(『正論』8月号、2017年)

 しかし、今から取り上げていくのはその話ではなく、ヨーロッパにおける女性君主の配偶者への処遇についての話である。

欧州君主家における「女尊男卑」

 2020年8月現在、ヨーロッパにはお二方の女性君主がいる。イギリス女王エリザベス2世、そしてデンマーク女王マルグレーテ2世である。

 イギリス女王エリザベス2世の配偶者は、旧ギリシャ王家の生まれのエディンバラ公爵フィリップである。デンマーク女王マルグレーテ2世の夫君が2018年に病没した今、ヨーロッパ唯一の女性君主の配偶者だ。1957年に、妻である女王より「Prince」の称号を与えられている。

画像1

エディンバラ公爵フィリップ(2007年)

 日本のマスメディアは、彼のことを「フィリップ殿下」と称呼している。この呼称が世間でも広く浸透しているが、今まで考えたことはなかっただろうか。どうして妻である女王と対等でない「殿下」の敬称が用いられているのだろうか、と。

 現代日本では、天皇のみならずその配偶者(=皇后)に対しても「陛下」の敬称が用いられる。それを思えば、夫婦で用いられる敬称が異なるというのは、奇異なことに感じられるのではないか。

 実際、ヨーロッパにおいても、男王の配偶者には特段の事情がない限りは「Queen」の称号と「陛下」の敬称が与えられる。

 しかし――(少なくとも現代においては)女王の配偶者には「Prince」の称号と「殿下」の敬称が与えられることがほとんどだ。これが不平等であることは誰の目にも明らかだろう。

 男女平等の観点からいえば、男王の配偶者に対して「Queen」の称号が与えられるのならば、女王の配偶者には「King」の称号が与えられて然るべきではないか。

 女王の夫が「King」になるなんて何を馬鹿なことを、とお思いになられる方がおられるかもしれないので、先に補足しておく。

 欧州史を紐解けば、女王の夫に対して、共同統治者として「王」の称号を授与することはしばしばあった。イングランド女王メアリー2世が即位すると同時に、その夫・オラニエ公ウィレム3世が共同国王として「イングランド王ウィリアム3世」になったことは、おそらく最も著名な事例である。

画像2

イングランド女王メアリー2世と共同王ウィリアム3世

 メアリー2世とウィリアム3世の時には、すべての公文書に両方の御名が記されていたほどなので、いきすぎがあった感は否めない。王と並んで王妃の名が公文書に書いてある光景を想像してみれば、その異様さがよく分かるだろう。

 ここまではいかずとも、君主夫妻の関係は対等であるのが好ましい。夫婦間で露骨な格差がある場合、当然ながら不満を抱える配偶者も出てこよう。デンマーク女王マルグレーテ2世の夫ヘンリックは、その代表格だ。

画像3

ヘンリック(2010年)
©Holger Motzkau(CC BY-SA 3.0

 ヘンリックは生前、夫婦でありながら女王と対等の立場でないことに不満を抱き、「デンマーク王」の称号および「陛下」の敬称を、喉から手が出るほど欲しがっていた。結婚当初は、公費も割り当てられず、タバコを買うために妻に無心せねばならないほど弱い地位に置かれていたという。

 1992年に銀婚式を祝ったとき、デンマークの通信社リッツァウ(Ritzau)に語ったことがある。「過去100年を除けば、女王が国を継いだときには、その夫は王となり、妻と同じ地位を得た」。だから自分にも同じようにしてほしい、と。

 このように自らの主張を幾度も公にしてみせたところで望む待遇は得られなかったが、それでもヘンリックは女王の配偶者として公務に励んだ。自分は女王に次ぐ二番手なのだ、と自らに言い聞かせながら。

 しかし2002年1月、年初の宮中晩餐会において、出席できない女王の代役をフレゼリク王太子が務めたことが、彼の不満を爆発させることになった。「自分はこれまで女王に次ぐ二番手だと思っていたのに、ある日突然、三番手に格下げされてしまったのだ」。宮中序列が自分の息子よりも低いことにショックを受けたヘンリックは、生まれ故郷・南仏にある城館に閉じこもってしまった。

 2005年、妻である女王より「Prince Consort(配偶者たる王子)」の称号を与えられた。これにより「王配」として扱われるようになったが、本当に欲しかった「King Consort(配偶者たる王)」の称号と「陛下」の敬称は、やはり与えられなかった。

 どれだけ訴えても願いが聞き入れられなかったヘンリック王配は、「生涯を通じて妻である女王と対等の待遇を受けていないのだから、死後も対等に扱われたくはない」として、ついには女王と共に葬られることを拒否した。

 ヘンリック王配は、女王へのメッセージとしてこう述べた。「もし自分の傍らに眠って欲しいのであれば、私を王配陛下に叙さなければならない」。しかし、彼が「王」「陛下」として認められることはなく、遺言の通り別々の地に葬られることになった。

 このように「王」としての待遇を希求し続けたヘンリックの行動を、デンマークの一部マスメディアは、女王の配偶者を王とした例はデンマークにはないとして否定的に書いたことがある。

 しかし――現君主マルグレーテ2世は、デンマークの歴史上初めての女王である。前例がないことを以て女王の夫君に「王」の称号を与えないことを正当化しようとするならば、そもそもデンマーク史に前例なき女王を認めるべきではなかったということになりはしないか。

 なお、デンマークのタブロイド紙『エクストラ・ブラデット』は、2015年3月8日からヘンリックを「ヘンリック王(Kong Henrik)」と呼ぶことに決めた。このように王配の境遇に同情を寄せるマスメディアも一部あった。

 最初に例示したエディンバラ公爵フィリップも、結婚生活の初期には自身の待遇について不満を募らせたことがあるとされる。

 かつて、ヴィクトリア女王は夫であるザクセン=コーブルク=ゴータ公子アルバートに対し、「King Consort(配偶者たる王)」の称号を授けようとした。先述のメアリー2世に倣おうとしたのだろう。しかし、周囲の猛反対に遭ったため、実際にアルバート公子へと与えられた称号は「Prince Consort(配偶者たる王子)」であった。

 フィリップに至っては、与えられた称号はその「Prince Consort」ですらない、ただの「Prince」だった。先にも触れたが、彼は旧ギリシャ王家の出身である。そんな彼にしてみれば、単なる「Prince」はいいから女王の配偶者だと明示する「Prince Consort」のほうを寄越せという思いだっただろう。

 男性君主の配偶者と比較して、女性君主の配偶者である男性に対する処遇が落ちるのは、イギリスとデンマークに限った話ではない。

 2020年現在、オランダには男性の王としてウィレム=アレクサンダーが君臨している。その王妃マクシマには、「陛下」の敬称が用いられている。

 さて、2013年にウィレム=アレクサンダーが即位するまで、オランダでは三代百二十余年にわたり女王の時代が続いていた。現王妃の敬称が「陛下」であることとは対照的に、直近三代の女王の夫君たちは、いずれも「殿下」の敬称を宛がわれていた。

画像4

直近三代のオランダ王配

 公式な君主ではないが、旧ルーマニア王家の事例も特記すべきであろう。以下に示すのは、2007年に制定された「ルーマニア王室基本法(Normele fundamentale ale Familiei Regale a României)」の1条7項の一部である。

 Consoarta Şefului Casei Regale a României va primi titlul şi apelativul de Regină pe întreaga durată a căsătoriei şi a văduviei sale, în cazul în care Şeful Casei Regale îi va deceda înainte. Consortul unei femei Şef a Casei Regale nu va avea, de, vreun rang, privilegiu sau titlu, dar acestea vor fi primite, ad personam, prin decizia Şefului Casei Regale a României.

 意訳すれば、「ルーマニア王室当主の配偶者は、結婚中も死別後も王妃の称号を受け取る。 女性当主の配偶者は、いかなる特権、称号も有さないが、当主の決定によって個人的に(=ad personam)栄誉を受け取る」となる。この条文が女尊男卑的であることは誰の目にも明らかであろう。

 現在、女性の身で旧ルーマニア王家当主を務めるマルガレータが「陛下」の敬称を用いている一方で、その夫君のラドゥは「王子」の称号と「殿下」の敬称を用いているにすぎない。

画像5

「ルーマニア王冠守護者マルガレータ陛下」とその夫ラドゥ「王子殿下」
©Rereader1996(CC BY-SA 4.0

おわりに

 ここまでの内容の繰り返しになるが、女性には「Queen」の称号や「陛下」の敬称が与えられるのに、男性には「Prince」の称号、そして「殿下」の敬称しか与えられない。男女平等というには、あまりにも歪であろう。

 この不平等を解消するには、女性のほうを「Princess」および「殿下」に格下げするか、男性のほうを「King」および「陛下」に格上げするかの二択しかない。君主夫婦の間に露骨な格差が生じぬように考慮するなら、後者のほうがより好ましい。

 ただし、男性配偶者にそのような待遇を認めるとしても、正式な歴代君主には含めぬほうがよかろう。ポルトガル女王マリア2世の夫が「フェルナンド2世」と呼ばれたように、代数に数えられた王配は少なくない。しかし、それをやるのであれば、王妃も「ヴィクトリア2世」「エリザベス3世」のような形で女王同様に呼ぶようにしなければ筋が通らないからだ。

 スペインでは、過去に同名の王がいなくても「1世」を名乗る(※例としてアマデオ1世、フアン・カルロス1世)。しかし、スペイン女王イサベル2世の夫フランシスコは、「王」の称号と「陛下」の敬称を以て処遇されたが「1世」を付与されていない。男性配偶者への待遇として好ましいのは、このような扱いであろう。

画像6

スペイン女王イサベル2世と王配フランシスコ

 いまやヨーロッパの君主家のほとんどが、継承法など男性優位だったものを男女平等へと改めたり、女性の権利拡充に努めたりしてきているが、その一方で女性優位だった部分はあまり是正されることのないまま今日に至っている。その結果として「女尊男卑」的な傾向が生じてしまっている。

 2019年10月、デンマーク王太子妃メアリーに摂政(rigsforstander)への就任資格が与えられたことは、その象徴的な出来事だといえよう。王太子妃を国務の担い手として認めるこの決定は、大きな驚きをもって受け止められた。なにせ、故ヘンリック王配でさえ摂政就任資格は有していなかったのであるから。

 もしもデンマーク王宮の庭園に眠るヘンリック王配がこれを知ったなら、きっと烈火のごとく怒ってこのように言ったことだろう。「女王の配偶者である私が終生得られなかった資格を、どうして王太子の配偶者ごときに与えたのだ!」。

 ヨーロッパに残存する君主制はいまやほとんどが男女平等である、それに比べて日本の皇室はいまだ時代錯誤の男系継承にこだわっていて女性差別的である、という主張がたまに聞こえる。しかし、ヨーロッパの諸君主家も、日本の皇位継承方法を一方的に殴るための棍棒にできるほど「男女平等」が実現しているとはいえないのではあるまいか。

 近い将来、ヨーロッパは歴史に類を見ない女性君主の時代を迎えることになる。ベルギー、スペイン、オランダ、スウェーデンでは、王女が王位継承予定者である。ノルウェーでも、王太子の長女を将来的に女王と仰ぐことが確実視されている。スウェーデンに至っては、王太女の長子も王女であり、何事もなければ二連続で女王の時代となる。

 ――その時、彼女たちの配偶者となる男性はどのような待遇を受けることになるのだろうか。

【関連記事】

【参考文献】
服部良久「「最愛の妻」にして「王国の共治者」―中世ドイツの国王夫妻―」(『立命館文學』、2019年)

モチベーション維持・向上のために、ちょっとでも面白いとお感じになったらスキやフォローやシェアや投げ銭をしちくり~