
だから僕は旅に出る
1.プロローグ
夏の緑が眩しく映る朝。ふと見上げれば微かに残る飛行機雲が、僕の真上をどこまでも伸びている。
大学4年生の8月20日、僕は初めての長旅に出た。
いや…「旅に出た」というよりは「逃げた」と言った方が正しいのかもしれない。
「現実から逃げ出したい」
「どこでもいい、とにかく遠くへ行きたい」
きっかけはそんな思いからだった。
だから僕はあの日、リュックサックひとつ背負って…逃げ出したんだ。
とにかく遠くへ。ただそれだけを思って。
でもまさかこれが、僕の人生を変える出来事になるだなんて…当時の僕は知るはずもなかった。
2.夢と挫折
大学4年生の春。ついに就活が始まった。
テレビのテロップや新聞の1ページ目にでかでかと書かれた「就活解禁」の4文字が、いつもよりやけに目に付く。
「とうとう就職する歳になっちゃったんだなあ…」
なんだか現実をつきつけられたような気分になった。
社会の中で働くって、どんな感じなんだろう。僕はやっていけるのだろうか。そんな不安ばかりが頭をよぎるが、同時にちょっぴりワクワクしていた。
僕は幼い頃から鉄道が大好きだ。夢はもちろん電車の運転士。
だが僕はこのことを周りに公言したことはない。
鉄道が好きなせいで、幼少期にいじめを受けた経験があるから。周りの友人や知り合いに言うのが怖かった。
たかが幼少期のいじめ。されど幼少期のいじめ。
「鉄道が好きだなんて言ったら、周りはどう思うんだろうか」
そんな不安ばかりが頭をよぎっていた。
だけどそれでも鉄道を嫌いになることはできなかったし、どうしても運転士になることを諦められなかった自分がいた。
長年、胸の奥で抱いてきた夢。どうしても叶える必要があった。
だからこの時のために、僕は何度も履歴書の志望動機を書き直して、何度も面接の練習をしてきた。
一次試験である書類選考用のエントリーシートには、自分でも引くほどの思いの丈をびっしり書いた。今思えば本当に恥ずかしい言葉を死ぬほど書いていた気がする。
でも、それほど本気だった。夢を叶えたくて必死だった。
「大丈夫。これならいける。きっと僕ならやれるはず。」
そんな期待と不安を胸に、一次試験。書類選考用のエントリーシートを郵送したのだった。
でも…そんな夢ばかり語ったところで上手くいくはずがなくて。社会とはそういうものだ。
無心でお祈りメールを眺める日々。
あれだけ時間をかけて、自分の心の底からの思いをすべて書いたというのに。
現実は、大人の社会は本当に残酷だ。
夢って…他人の裁量でこんなにも簡単に決まってしまうものなのか。こんなにも簡単に散ってしまうものなのか。
どうやら同じ鉄道会社に応募した知り合いは、一次の書類選考は通ったらしい。
「入る気ないけど選考通っちゃったよー。」
「そ…そっかあ!おめでと!」
どうしてこの人なんだろう。なんで会社は対して入る気もないような人を選んだんだろう。
このたった一回の選考で、自分の人間性や将来性、能力…そのすべてを否定されたような気分になった。
同時に夢なんてものを抱いていた自分が、馬鹿らしく思えてきてしまった。
しかし当たり前の話ではあるが、こんな状況であろうとも時は進んでいくわけで。
僕が当時在籍していた大学では、大学4年生になると卒業論文というものを書く必要がある。
この卒業論文を完成させないと、僕のいる大学では卒業資格が与えられない。
つまり、就活と卒業論文の作成を同時進行させなければいけないのである。
だが就活でのショックがあってか、卒業論文は特に書きたい内容も決まらずに、ただ一日一日が過ぎていった。
焦りばかりが募る日々。
周りの知り合いや友人は論文テーマもあらかた決まり、すでに作業にかかっていたようだった。その光景を見て、また焦る自分。
どうしよう。何もうまくいかない。
頑張らなきゃ。でも頭が真っ白で何も考えられない。なんでだろう。
周りはこんなにもできているのに。なんで僕は何もできないんだろう。
そんなことを考える毎日。まったく身が入らない日々の繰り返し。
もう、いっぱいいっぱいだった。とにかく全てを投げ出したかった。
悩んでも悩んでも答えの出ない毎日に、とにかく疲れ切っていた。
現実は甘くなかった。僕はこれからどうすればいいんだろう。
何を目標として生きていけばいいんだろう。
そんなとき、僕に転機が訪れる。
3.ブログとの出会い
あれから数日。半ば無理矢理自分を奮い立たせ、就活と卒業論文に向き合う日々を続けていた。
いつものように暇つぶしがてらネットサーフィンをしていた時のこと。僕はひとつのブログに出会う。
「鉄道旅ブログ…?東北を旅してるのかあ。へえ、面白そう。」
「あれ?女子大生が書いてるんだ。年も近いなあ。」
興味本位で読み始めたブログだったが、気が付けば次から次へと読み漁っている自分がいた。
ページをめくるごとに溢れ出してくる、ずっと心の奥底にしまってた思いの数々。
「もう鉄道なんて…」「もう夢なんて…」
何度もそう思ったはずなのに。
「ああ…なんだ…やっぱり僕は鉄道が好きなんじゃないか…」
「鉄道旅ブログか…面白そうだな。僕でもできそうだし、やってみようかな?」
「ちょうど就活も卒業論文もやる気を無くしてたところだ。とりあえず…ここから逃げよう。」
「どこでもいい。とにかく遠くへ…」
こうして僕はすぐさま彼女と同じサイトでブログを開設。
そしてブログを開設後、さっそく仙台駅で鉄道の乗り放題切符を買い、東北を一周する旅に出ることにした。
4.旅人になった日
「現実から逃げ出したい」
「どこでもいいから、とにかく遠くに行きたい」
きっかけはそんな思いだったはずなのに…なんだろう、このワクワクは。
体の奥底から溢れ出してくるような、この気持ちを一体なんと言うんだろうか。
そうか。これを旅と言うのか。僕は今、旅を楽しんでいるんだ。
車窓から見える、東北の絶景の数々。
心地よく流れる、鉄道のエンジン音。
肉、米、魚…どれをとっても美味しい、東北の食べ物。
山を越え、トンネルを抜ければ大海原。
駅から駅へ移る度に変わっていく、人々の言葉や訛り、周囲の風景。
そして未知との遭遇、ワクワク感。もっと知りたい。もっとドキドキしたい。高鳴る鼓動。まるで思春期の頃に戻ったみたいだ。
なんだか久しぶりだなあ。こんなにも心が躍るのは。
思えばここ数ヵ月、自分の気持ちに嘘をつき続けて生きていた気がする。
我慢、我慢、我慢…。その繰り返し。
ずっと自分を縛り続けて生きてきたような、そんな気がしていた。
いや、本当は分かっていた。だけど…無理やり蓋をして気付かないフリをしていたんだ。
そんな僕が安心して帰っていける場所。本当は心のどこかでそういうものを探していたんだと思う。
自分が自分でいれる場所。自分らしく在れる場所。そんなものを探すために人は旅をするんだろうか。
それなら、なんとなく分かる。旅に出る人たちの気持ちが。
そうだ。もっと自由でいい。だって僕は今、旅をしているんだから。
僕はこの旅がきっかけで、この後も東北の各地を鉄道で周ることになる。
東北で暮らすことがずっと昔からコンプレックスだった僕が、まさかこんなことになるだなんて。
「好きなバンドのライブはいつも東京だし、オシャレの最先端だってそう。」
「都会は輝いていて、夜も華やかで、いつもキラキラしている。」
「でも東北には何があるんだろう?」
「夕方になれば店はほとんど閉まるし、観光地もろくにない、好きなバンドだって誰一人として来てくれないじゃないか。」
「…東北なんて何もない。」
ずっとそう思って生きてきた。でも…それは違ったんだ。
旅をする中で気が付いた。
東北には何もないんじゃない。
僕が何も気づけないだけだったんだということに。
5.旅を終えて
あの旅に出て以来、僕の考え方や人生観は徐々に変わっていった。
もっと自由に生きよう。気楽に生きよう。自分のありたい姿でいよう。
無理に嘘をつく必要なんてない。自分のありのままを表現したい。
そしてもう一度立ち上がる頃には、就活なんてあっという間に終わっていた。びっくりするほど上手くいってしまった。
本当に不思議なものだ。
就活が終わってからは、卒業論文もかなり捗った。おかげで無事に卒業することもできた。
これも旅のおかげなのだろうか。
それから自分の暮らす街に対して、誇りを持てるようになった。
東北には何も無いだなんてもう思わない。
美味しいものがある。美しい風景がそこら中にある。オシャレなカフェだってある。僕の暮らす東北という場所は、こんなにも華やかでキラキラしているじゃないか。
北海道、東京、京都、大阪、新潟、金沢…
あの旅に出て以来、僕は沢山の場所を訪れた。どこも魅力的で大好きな街だ。
それでも、生まれ育った東北にはそれ以上に特別な何かがあるような気がしている。
だから、これからももっと色んな事を知りたい。
大好きな鉄道旅を通して、これからももっと色んな魅力を伝えていきたい。
だって僕は東北が、鉄道が大好きだから。
6.エピローグ
今ではブログやSNSを通して好きなことを発信しながら、好きな場所へ旅に出ている。
結局、ずっと夢だった電車の運転士にはなれていない。だけど、それでも良かったと思える日々を送れている。
ブログを通して大好きな鉄道に関わることができているからだ。
僕は今、この瞬間を全力で生きている。心の底からそう思える。
理由はどうあれ、きっとあのとき旅に出ていなかったら、今の僕はいないだろう。
「旅に出て、人生が変わった」
そんな言葉をよく耳にするが、僕はそんな大層なものだとは思っていない。
だが、少なくとも何かしらのきっかけを与えてくれるものだとは思っている。そのきっかけが、僕にとっては鉄道旅だった。
あれから数年が経った今…
旅に出るきっかけをくれたブログはもう、どこを探しても見当たらない。
だから今度は僕の番。あのブログが僕にきっかけをくれたように…
思わず心が躍るような。胸が高鳴るような。
そんな物語の数々を、これからも記していこうと思う。
だから僕は旅に出る。今日も鉄道に乗って。
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