まだまだ続く夢の途中で
初めまして
初めてブログみたいなものを書くのでまとまりがなく読みづらい文章ですが、一個人の備忘録として。
2019年10月26日
この日は北海道にルーツがある人にとって、無くても赤と黒の縦縞に魂を染めている人たちにとって忘れられない1日になった。
僕はまだ21歳だけど、それでも生きているうちにコンサドーレがタイトルに手が届きそうなところまでくる想像は出来なかった。
2018年はJ1で4位にもなり、あと勝ち点2でACLというところまで上り詰めたけど、それでもなお「タイトル」という文字には実感が無かった。
このクラブはまだまだ強くなるとサポーターである以上は信じて疑わないけれども、こんなに早くその日がやってくるとは思っても見なかった。
「夢か現か」
そんな言葉が似合うような、ふわふわとした気持ちで試合開始5分前にスタジアムに着いた。
正直、そこから先はあんまり覚えてない。
頭に酸素が回らないほど、叫び、跳びはね、手を叩いていた。
120分で3回沸き、仲間と騒ぎ、抱き合った。
PK戦で川崎の選手が外した瞬間に涙が滲み、直後にその涙は引いていった。
表彰式は全く記憶がない。
自分か、誰かか。
すすり泣く声が耳に入り、自分はしゃがみこみ、塞ぎ込んでいた。
悔しさだけではない何かがこみ上げ、泣きじゃくっていた。
趣味の悪い夢だと何度、思おうとしたか。
こうして、もう二度として無い「初めての決勝の舞台」は幕を閉じた。
それでも確かにそこにいた
埼玉スタジアムに来れた人も、来れなかった人も確かにその場に全員いた。誰一人として欠けること無く。
それは紛れもない事実で、幻でもなければ、ましてや趣味の悪い夢でもない。
よく劇的な試合に居合わせた人たちが「I was there.」なんて言うけど、個人的にはあまり好きな言葉ではない。
サポーターだったら、現地に行くことは叶わなくとも、中継やSNSを通して想いを送るし、その想いに大小も強弱も無いはずだから。
そして、今回のこの特別な試合において、そういった行けない人たちの想いを背負って応援している自覚や覚悟は現地のサポーターにあったはず。
ならば、この言葉の方が相応しいのではないか。
「We were there.」
これから先の日本のフットボールに
この試合を通して、僕が、僕らが残せたものは何かあっただろうか。
記録にはもちろんのこと、記憶には残っただろうか。
菅大輝の逆足ボレーも、深井一希の起死回生の同点ヘッドも、福森晃斗のスペシャルなFKも。
阿部浩之の股抜きシュートも、小林悠のチームを救う2ゴールも。
記録にはもちろん残る。だけど、それ以上にあの試合を目撃したあらゆる人たちのどこかに、何か残るものを与えただろうか。
北ゴール裏の熱狂は、
南ゴール裏の歓喜は、
人々に何を残しただろう。
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