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粛々と研究する、ストレスは溜まらない/産業技術総合研究所 加藤有香子さん

「ストレスは溜まらない」「粛々とやる」という言葉がとても印象的だった加藤さん。奈良先端科学技術大学院大学(以下、奈良先端大)では、物性評価について研究、博士後期課程を修了された後は、ポスドクとして大型放射光施設のSPring-8へ行かれました。 SPring-8も現在勤めておられる産業技術総合研究所も、周りからいただいた情報がきっかけで就職されたそうです。どのように就職・転職活動をされていたのか、どのような姿勢で研究に取り組んでいるのかなどについて、詳しくお話を伺いました。 

加藤 有香子(物質創成科学研究科 博士後期課程2008.3修了)
奈良先端科学技術大学院大学では、光電子分光法による物質評価の研究に取り組む。博士後期課程修了後、 ポスドクとして、SPring-8の管理運営組織である公益財団法人 高輝度光科学研究センター(JASRI)に入職。その後、国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)へ転職し、現在は半導体ダイヤモンドの電子デバイス応用研究に取り組む。主な担当業務は、結晶評価、評価技術の開発。

就職を意識した時期

就職活動は意識していなくて、それよりも博士論文を書くことに精一杯でした。修了間際に、学生の頃からお世話になっていた、兵庫県にある大型放射光施設「SPring-8」のポスドクのポストに滑り込みました。そこでの仕事の一つが光電子分光法という、大学院の時に勉強していた手法を使ったものだったので、さほど方向転換せずに、最初のポスドク生活が始まりました。

最初のポスドクの二年間で取り組んでいたこと

SPring-8は外部から色々な方が実験をしに来る共用施設です。そこで、JASRIのポスドクとしてビームラインと実験装置の調整や実験手法の高度化に取り組んでいました。装置周りの使い勝手が良くなるようにしたり、自分も含めた実験ユーザーがより正確な実験データを得るためのビームライン調整・データベース作成を作成するようなお仕事をしつつ、実験的に光電子分光の検出深さを求めたり、既存装置で光電子のサブピークごとの角度イメージをとるための部品作りなど、ほかの人から見たら若干地味な、でも私にとっては楽しい仕事に勤しんでいました。

ポスドクの私にとって、SPring-8は良い職場でした。どこのポスドクも似たりよったりな状況だとは思いますが、ビームラインや装置のお守りだけでは研究職は手に入らないので、業務の範囲内で面白そうな研究テーマを考えて実績をあげていかなければいけません。職員の皆さんにも「面白そう」と思わせる努力は必要ですが、一度興味を持ってくださったテーマについては、議論・研究資材・ビームタイム確保など、様々な面でサポートして下さいました。ホワイトなポスドク時代を過ごせたのは幸運でした。

産総研への転職

SPring-8でのポスドク生活の延長の可能性もあったものの、学生時代とは違って、在職中はわりと積極的に転職活動をしていました。そして、たくさん採用試験に落ちていました。その頃、産総研のダイヤモンド研究グループがポスドクを探していて。奈良先端大でダイヤモンドの研究をしていたことを知る方々から、その採用情報を教えていただき、お陰様で私の持っているカードと産総研の求めていることがマッチしたので、産総研ポスドクとして採用していただきました。自分でも就職先を調べているのですが、有り難いことに、一番良い情報は、いつも誰かがくださいますね。

転職後の業務内容

産総研に入った年に運良く任期付き職員採用試験に受かりました。5年任期で最終試験に受かれば、定年制に移行するというポストです。最近、産総研は任期付き制度をやめたので、このポストは過去の遺物となりました。

産総研に入って、十数年たちました。いまだにダイヤモンド研究に携わっています。ダイヤモンドは電気的には絶縁体なのに、ボロンやリンを適当に入れると半導体になる性質を持っています。炭化ケイ素(SiC)や窒化ガリウム(GaN)などと同じワイドギャップ半導体です。シリコン、SiC、GaNに次ぐ次世代半導体材料になる逸材なのですが、諸先輩方と比べると、材料・プロセス諸々の面での課題が多いのが現状です。産総研での私の業務は、簡単に言うと「結晶を見ること」でして、課題解決の糸口をつかむために色々な結晶評価手法を用いてダイヤモンドを評価しています。そして、どのダイヤモンドが「良い」か、「悪い」か。そもそも「良い結晶」って何?「悪い結晶」って何?どうしたら「良い結晶」になる?何か良い評価手法はない?といったことを、まぁ、ずーっとやっているわけです。粛々と。同じチームにはデバイス・合成・加工を得意とする研究者がいますので、溜まった知見は都度共有して、技術を総合的にアップデートしていきます。そうこうしているうちに、ダイヤモンド電子デバイスの性能は昔よりも改善されてきたはずです。多分。

また、産総研は女性も働きやすい場所ですね。そもそも業務で男女差は感じないですし、出産するまで気にも留めていませんでしたが、保育園に入れるまでの間、所内の託児所にはとてもお世話になりました。また、出勤後、1時間ぐらいで保育園からお迎え連絡が来た時、自分で仕事を調整してお迎えに行ける、そういう環境です。

現在の仕事に対するやりがい

見えなかった欠陥を見つける手法を見つけた時は嬉しいです。それに尽きますね。材料の欠陥やダメージを見つけること、重箱の隅をつつくような、小姑じみた仕事だなぁ、と思いますが、見つけたら嬉しい。更に、この欠陥の価値を評価できたら、もっと楽しくなります。欠陥は悪い奴というイメージありませんか?でも、「この欠陥はなくした方がいいです。こういう風にしたらなくなります。この欠陥はありますが、あっても大丈夫ですよ。」と、ポジティブシンキングな方向に話を持っていけた時は嬉しい。めったにありませんけどね。

課題を抱えてはいるが、ストレスは溜まらない

ダイヤモンドを評価する仕事はデバイス研究に必要不可欠です。でも、「作業」に近い仕事が多いので、研究職としては、「作業」から「研究」に昇華していかなければいけません。私は、粛々と穴を掘り続けるような「作業」も好きなので、「作業」と「研究」は違いますよ。と、意識的に自分に釘を刺しておかないと「評価作業沼」で幸せを感じて戻ってこられなくなりそう、という不安があります。生粋の研究者ではないということでしょう。

そんな悩みというか、研究者としての課題はあるのですが、ストレスは溜まりません。そういう性格なんでしょうか。ストレスは課題を解決する原動力になることもあるはずなのに、私の場合、寝たらだいたいストレスは流れて溜まりません。研究者として、これで良いのか悩ましいところではあります。

現役の奈良先端大生へのメッセージ

最近の学生さんは本当にしっかりしていますね。本当は言うことなしです。とにかく今を頑張って、でもしんどいと思ったら、休んだら良いと本当に思います。バランスが大切です。ガムシャラに行くことの美学に酔ってしまうこともあるかもしれませんが、休むことも大事です。なかなかバランスを取ることは難しいですけどね。他にも、外界と接点を取った方が良いと思います。共同研究にしろ、趣味にしろ、色々な引き出しを作っておくことをお勧めします。また、学生の時は指導教官の話は鬱陶しいかもしれないですが…、先生の話を素直に聞くことも大切と、今は思います。

奈良先端大の研究の中で、仕事で役立っているもの

さほど研究分野が変わっていないので、NAISTの研究があって、今があるという感じです。私が所属していた研究室は新奇の実験手法を装置ごと開発する教授が主催していたので、測定原理を学びながら、装置を弄ることができました。この経験は、ブラックボックス化している便利な評価装置が示すデータの真贋判定に役立っているような気がするような、しないような。また、必要ものは、なければ自分で作ればいい。という精神もいま、役立っているような気がします。

※この記事に記載した内容は取材当時の情報になり、会社名や役職名等は現在と異なる場合があります。