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大薬王樹 びわ ヌチグスイ ⑳

今年も枇杷の実がスーパーの果物コーナーに並び始めた。その実を見ると、条件反射のように思い出す光景。義父さんを見送った時、オレンジ色に輝いた果実が鈴なりに実る木々がやけに目を引いた。

「枇杷の豊作年は、雨が多くなるらしい。」葬儀場に向かうタクシーに同乗した親せきの一人が外に視線をとどめたまま、ぽつんと呟いた。義父の葬祭仏事は穏やかな晴天が続き、滞りなく無事に終えることができたのだけれど、もうすぐやってくる梅雨は大水をもたらすのだろうか?と一息ついた時、ぼんやりと考えた。こんなに明るい色のたくさんの実に彩られた賑やかさと、自分の心の中の寂寥との釣り合いのとれなさに違和感を覚えながら。

義父さんは血縁からはガンコ親父と煙たがれていたけれど、嫁のわたくしには一度も声を荒げることもなく、いつもニコニコと笑いかけてくれた。出身学部が同じだと喜んで、時折する政治や経済がらみの会話は弾み、そういう時ははにかんだような嬉しげな表情が見られた。抗がん剤がいよいよ使えなくなり「後のことをしっかり頼む」と言われた時は、義父さんの覚悟と自分への信頼と責任を知り、このご縁に感謝した。このように、身近な人との別れの記憶と強くリンクしている果実が、わたくしにとっての枇杷だ。

そして、それとは別に、枇杷はすこぶる健康に益する果樹の一つでもある。その別名を知れば納得の、その名も「大薬王樹」。三千年前のインドの古い仏典「大般涅槃経」(だいはつねはんぎょう)」には「大薬王樹、枝、葉、根、茎ともに大薬あり、病者は香を嗅ぎ、手に触れ、舌に嘗めて、ことごとく諸苦を治す」と記され、葉が生薬や鍼灸に利用されると記されている。実際に栄養豊かでもあり、その記述はどうやら正しいと、知れる情報が見つかった。↓

https://www.yomeishu.co.jp/genkigenki/crudem/140528/index.html

あまりにも効能が多く、その力を恃む病人たちが列を成したために、悪口めいた言い伝えが残った気の毒な枇杷の木だけれど、枇杷は正真正銘民間療法では最強の健康果樹である。身体を癒やす様々な利用方法も知られており、わたくしもヘルペスに枇杷の葉を焼酎に漬けて作っていた自家製枇杷の葉エキスを塗ると、刺すような痛みがスッと取れた体験がある。この様々な利用法を紹介する本がある。↓ アミダグリンという毒性も指摘されるので、我流ではなく書籍からの情報も参考に安全に活用されたい。

https://www.ikedashoten.co.jp/book-details.php?isbn=978-4-262-12248-9

更に、このご時世に枇杷の種の効用がネットでもてはやされているようだ。種の焼酎漬けを作って、虫刺されなどのかゆみ止めにスプレーで活用するわたくしも自戒して、「体に良いらしいと、常用や大量に摂取する」ことは、どんなに注目されていても注意深くありたい。上限も知らず通常の食品でもない物を口に入れることは、常に危険を伴う。それは基本的な知恵として身に着けておくべきだ。日常生活から危険が極力排除された環境で暮らす、わたくしたち今の日本人は、おかしいほどに無防備であり、「健康・ダイエット・○○に効く」に非常に弱い。何がどれほど危険かをしっかりと認識することは自分の身を護る。国民生活センターの注意喚起の記事をとりあえず読んでおいてから、自分の選択を行っても損はないはずだ。↓

https://www.kokusen.go.jp/news/data/n-20180614_2.html

もちろん、不可解な症状の解決策を求める人に、枇杷の種の摂取をやめろと指図するつもりではない。シェディングの影響を身体で感じる一人として、効くものがあればと試したい気持ちは大いに共感する。ただ、不安に駆られて、未知の効用への期待から、限度も考えずに飛びつくことの危なさを憂えているのである。アレルギーや難病に苦しむ人をめがけて、悪いものが寄ってくる事例をこれまでさんざん見聞きしてきたから。

そして、そんな深刻さに関わらずに、わたくしにはただ気楽に枇杷の実を愛でたい。癖のない甘みと控えめな香りの果実の魅力は、その温かな色味である。子どもの頃からタイやチベットのお坊さんの纏う衣の色がとても気になっていることと関係するのかもしれないが、枇杷のオレンジ色は柑橘類のそれよりも自然と心がウキウキと躍るのだ。

そしてまた、その形が枇杷の葉?実?と似ていると、同じ名前をもつ琵琶という楽器。平家物語の言葉を語るに似つかわしい哀惜溢れる響きと音色は、その味わいの深さが素晴らしい。ちなみに琵琶湖は、竹生島に祀られる弁財天が持つ琵琶からその呼び名になった、とか。それらの蘊蓄のまとめも面白い。↓

https://www.mboso-etoko.jp/cec/data/biwa3/biwa3.html

枇杷の花は、俳句の世界では人気の、初冬の季語だそう。白くて小さな花は人目に付きにくいけれど、よい香りがあって趣深いと。

その花言葉は、枇杷の葉や種が、奈良時代から民間療法に利用されてきたことから、「治癒」。咲いていることに気づかないほど花が目立たず「密かな告白」、そして「温和」の三つだ。

すごい能力を秘めながら、奥ゆかしい在り方の枇杷の花。それが、隠しきれない才能を象徴するように、桜餅のようなエキゾチックでエッジの効いた芳香を馥郁と放つ。自然と憧れてしまう枇杷である。知る人ぞ知る、そのホンモノの実力者のかっこよさに。

「弥生おばさんのガーデニングノート12月9日の誕生花」より

最後までお読みくださり、ありがとうございます。和風慶雲。


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