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頑張るために遊ぶのもいいと思う #挑戦している君へ

「バレーボールしたいから、体育館の予約してくれん?」

いきなり長男がそう言ってきた。

「は?」

あなたは今受験生で、しかもバスケ部だったんですけど???

と、ハテナがいっぱいの頭で「バレーボール?」と聞く。

「うん、気晴らしに。教えてもらおうと思って」

どうやら聞き間違えではなかったらしい。

「なんでバレーボール?」

「やりたいから。バレー部の子が教えてくれるって」

長男が通う中学校は、バレー部は女子しかない。入学した時に、男子があれば入っていたのにと残念がっていた姿を思い出した。

そうなんだと納得したものの、受験真っ只中の突飛なお願いに、私は半ば呆れる。

それでも、何かを始めたいと言われれば応援したくなるのが親の性で、「いいけど」と言って、体育館の予約状況を調べるためにパソコンを起動させた。


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このところ、受験への不安から長男は荒れていた。

前回の模試で、公立の第一志望校の判定が上がって喜んだのも束の間、本当にこの学校でいいのか?部活と勉強の両立ができるのか?楽しい学校生活が送れるのか?と悩み出した。

目標を持って勉強しているうちは、そんな悩みはなかった。でも、手が届きそうになった途端、そこが自分の身の丈にあった場所なのかどうか分からなくなってしまったようだった。

親としては、判定が上がったのは実力がついてきた証拠だと思う。よく頑張ってるねと素直に褒めたし、期待もする。

でも、その期待が鬱陶しいのだろう。私に対して「入って苦労するのは僕なんだよ」と言い放ち、ランクを下げるか、近くの私立に行くか、そう毎日同じことを繰り返し言いながら、不安をぶつけてきた。

「入ってもし成績が下の方になっても、学校が楽しかったらいいんじゃないの」

「それじゃ一年から塾に入らないと大学に行けないから楽しめないじゃん」

「じゃあ、ランクを下げて別の高校にすればいいよ」

「魅力を感じない高校に行ったっておもしろくない」

あー言えばこー言う。最初は仕方ないと思って聞いていたが、毎日毎日聞かされていると、さすがにこっちもイラついてきた。


「もうさぁ、言ってることが無茶苦茶で腹立つねんけど!!」

今年、高校生になった娘がいる姉に電話して愚痴る。

「あー、去年そんな感じやったで。なんか言わな不安っていうか、いっつも喧嘩腰やったし」

姉はそう答え、懐かしいわーと言った。姪っ子は最後の最後まで悩んで受けた高校に無事合格し、楽しんで通学している。とてもよく頑張ったと思う。

「でもな、今や。今やで、あの子。頑張って入ったんはええけど、楽し過ぎて成績ガタ落ちやで!」

何故か、今度は姉が怒り出した。

「あんまりヒドイから部活やめろ!って言ったら、部活の為に入った高校やんか!って言い返してくんねん。ほんま入れるんやなかったわ」とまくし立てる。

その二人の喧嘩を想像すると笑えた。いや、本人たちは真剣なんだろうけど、顔も性格もそっくりな母娘は昔からよくぶつかった。姉も相当きついが、姪っ子も負けていない。

そんな正直にぶつかり合える二人を、私は羨ましいと思う。


長男が中学校に入ってから、口うるさく言うことを止めた。自分で考えて行動して欲しいというのが一番の理由だが、正直どう怒っていいのか分からない時期があった。

思春期に入り、ちょっとしたことで機嫌を損ねる。中学生になってグッと大きくなった身体は、それだけで威圧的だ。

もともと自分の意見をはっきり言う性格なので、私が言うことに納得できないと矛盾をついてくる。そんなところも扱いにくく、こちらが言葉を飲み込むことも多かった。

今はだいぶん落ち着いて、私の相談相手にもなってくれている。それでもやはり、自分の不安を吐露する時、私がかける言葉の矛盾を見つけては噛み付いてきた。

それが母親に対する甘えであることは分かっている。でも、それを全て包み込める包容力が私には無かった。


そんなモヤモヤした日々が続いていたある日、休日出勤を終えて家に帰ると、夫と長男がゲームの話をしていた。そして、長男がしばらく封印すると言っていたPS4を自分の部屋に持って行った。これから友達とゲームをすると言う。

「どうしたの?珍しい」

夫にそう聞くと、「もっと遊べって言ったんだよ」と答えた。

私がいない間に、長男が「高校が決まらない」と相談したらしい。それまでの状況(というか愚痴だけど)は夫に伝えてあったが、あえて夫から長男に声は掛けていなかった。

昼食を食べながらポツリと出たその言葉に、「先のことは考えず、好きなことろに行けばいい。あれこれ考えて悩むくらいなら、その時間遊べ」と言ったという。

普通は『その時間勉強しろ』だよな、と思う。それを『遊べ』と言われて、長男も『確かに』と納得したらしい。

その辺の二人の思考回路は私には全く理解できないのだけど、「久しぶりにゲームして楽しかった!」と晴れやかな顔で言う長男を見ると、これが正解なんだなと思った。


**********


ゲームの次はバレーボールとはね、、と思いながら登録者番号を入力して予約状況を確認する。市民体育館は平日でも結構埋まっていて、あまり空きがない。

それでもいくつか候補日を見つけると、携帯を取り出して友達に日程の確認をしていた。

ラインの返信を待つ間、長男が不意に「楽しむことにしたよ」と言った。半分やけで「バレーボールでも何でも楽しみゃいいわ」と言うと、違う違うと手を振り、

「楽しみたいから、第一志望の高校に行けるように頑張るわ」と言った。

その決意を聞いて、泣きそうだった。

でも、なんでもないよって顔で「うん、頑張って」と言い、

「あっ、バレーボール。無理に誘ったらあかんよ。みんな受験生なんやからね!」と釘を刺す。

「分かってるってー」そう言いながら、長男が笑った。




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