17歳の心は忙しい
今年初め、長男の軽音部最後の大会があった。
長男がドラムを叩いているバンドは、夏に行われた県大会とコンテスト地区大会の両方に出場し、地区大会の方で4位に入賞した。それはメンバーにとって嬉しくはあるけれど、でもちょっと悔しい結果だった。そして「次こそは!」と勢いに乗ったまま文化祭を終えて最後の大会の曲を決めたあと、彼らは急に立ち止まった。
「みんなさぁ、県外の大学を目指すんだって」
高2秋ともなれば教室の中は一気に受験モードに切り替わる。自由過ぎる校風で驚かされることも多い高校だが、自由が故に選択する機会が多い生徒達は自分の芯をしっかりと持っていて目標も高い。
「だからさぁ、これからのバンドの方針をどうしようかって話してて」
勉強と部活の両立はハードだ。冬の大会まであと2ヶ月近くとはいえ、その2ヶ月は大学受験を見据えた彼らにとって貴重な時間となる。大会で賞をとることを目指して練習するのか、春の引退までの期間を楽しんで過ごすのか、17歳の心は揺れる。
「まぁ、本選に出れるかどうかにもよるけどさぁ」
そう言ってくしゃりと笑う長男に、私は「そうだね」と答えながら、きっと本選に出場できても賞を狙わないのだろうと思った。『本選に出場し、賞をとること』を目標にしていた彼らはもういなくて、もっと先の未来を見ている。それが寂しいのか嬉しいのか、表現するのはちょっと難しい。
その後、県大会は落ちたがコンテスト地区大会は本選出場が決まった。
「うん、思った通りの結果かな」
前回のように両方通過とはならなかったが、長男は納得しているようだった。むしろ「ひとつ受かってよかった」とホッとしていて、それが強がりでないことは顔を見れば分かる。
「お父さんと三男と観に行くから」
受験生の次男は塾がある。だから夫と三男と行こうと決めていた。高校最後、そしてきっと学生最後の大会は、一人でも多くの家族と一緒に観たかった。
「分かった、3人来るって伝えとく」
そう言って長男はまたくしゃりと笑った。
*
コンテスト地区大会の結果は、何もなかった。
賞にかすりもしなかった。
それはきっとメンバーみんなが分かっていたと思う。だって目指すものが変わってきた彼らの心は、ひとつではなくなってしまったのだから。
でも、悔しかったのだろう。
それからしばらく長男は口を利かなかった。最低限の返事はするが、言葉は常に刺々しく、夫が撮った動画を見ることもなかった。
冬休みから長男自身も塾に入って忙しくなった。
目指す大学が決まって心はそちらに向かっている。
だから誰かを責めている訳ではない。
ただ自分と折り合いがつかないだけだ。
17歳の心は忙しい。
喜んだり、落ち込んだり、納得したり、後悔したり。
未来に目標を見つけたと思ったら、無性に今が刹那だと感じる。
子供と大人の間にいる長男は上手な諦め方を知らない。それはたくさんのことを諦めてきた大人の私からすれば少し羨ましく感じるのだけど、分かっていた結果でも納得できない葛藤は自分で乗り越えていくしかない。だから私は黙って待つしかない。
*
「通過したよ!」
最後の大会から1ヶ月ほど過ぎたある日、長男が嬉しそうに報告してくれた。軽音部としてではなく、バンドとして応募していた選手権の動画審査を通過したのだ。
「賞とか関係なく、楽しんでくる」
くしゃくしゃとした笑顔で長男は言った。
「お母さんも、楽しみ」
私はそう返した。
今月、繁華街のど真ん中にある公園に設置されたステージで長男はドラムを叩く。頑張れとは言わない。私がこの目で観ることができる最後の演奏を、胸に焼き付けてこようと思う。
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