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日本のブドウ不足と畑の確保

注意
この記事は筆者の考えや主張を述べることを目的としているため、一般論として説明および理解が可能と思われる一部の内容については厳密な数値的データの収集や現状の確認作業を行っていない箇所があります。
予めその点をご了承のうえで読み進めていただけますようお願いします。

先日「約7割のワインメーカーで原料のブドウが不足、「ワイン法」の影響で減産に転じるメーカーも」と題した記事がインターネット上のニュースサイトにアップされました。
この記事によると、国内の主要ワインメーカーの約7割がブドウ生産者の高齢化および後継者不足による生産農家数の減少、およびワイン用ブドウよりも高付加価値の食用高級ブドウに移行する農家の増加などを背景にワイン原料となる醸造用ブドウの不足を経営における最大の懸念事項として挙げているそうです。

このような懸念はある意味で日本独特のものです。なぜこのような問題が起きるのでしょうか?
そこには日本特有の事情があります。そして、その先にはさらに深刻な問題が存在しています。

栽培用地取得の困難さ

世界にはフランスを筆頭に多くのワイン生産国があります。
また近年のワイナリー設立ブームは日本こそ際立っていますが、なにも日本に限ったものでもありません。タイやインド、イギリスをはじめとする北欧諸国などこれまであまりワインを造っているとは耳にしなかったような国でもワイナリーの設立とワイン製造は活発化してきています。

一方で上記のような国々では今回のような原料ブドウの不足といった問題はまず聞きません。なぜでしょうか?

一般的にワイナリーを設立する場合には二つの方向性があります。
一つは自分たちでブドウを栽培し、そこから収穫されたブドウでワインを造るワイナリー。一般に想像しやすいタイプです。そして二つ目が醸造のみを行う特化型として設立する方向。スパークリングワイン専門のワイナリーに多いタイプで、自分たちは畑は持たず、外部調達のブドウやワインを使って仕上げていくタイプです。

実際にはこのどちらかのみ、ということはあまりなく、両方を組み合わせて経営しているワイナリーが多いのですが、基本的な方向性としてはこの二つです。またこの両者を組み合わせている場合でも、ワイナリーとしては前者の比率が高くそこで足らない分を外部からの調達で賄うことがほとんどです。

これが多くの国でよほどの天候不良による壊滅的な作柄でもない限りは原料用ブドウが不足といった事態が起きない理由でもあります。

一方で日本の場合はこの比率が逆転していることが多くあります。
生産しているワインのほとんどが外部から調達したブドウを原料として使用しており、自社生産のブドウを原料としているのはフラグシップなど一部のトップライン商品のみ、ということが珍しくないのです。大手になればなるほど、この傾向は強くなる傾向があります。

その理由は複数ありますが、その中でも大きなものがブドウ栽培用の用地確保の難しさです。

日本では農業従事者の高齢化、後継者の不足などが問題になっている半面で、先祖代々受け継いできた土地を手放すことには非常に否定的です。この結果、耕作放棄地が増えたりしているわけですが、それでもやはり手放そうとはなかなかしません。

また日本では一つあたりの区画が小さく、それぞれ所有者の異なる区画が複雑に入り組んでしまっていることが珍しくありません。
この結果、仮にうまく一つの区画を譲り受けることが出来たとしてもその隣の区画は入手することが出来ないといった問題が頻出し、畑の大型化が出来ません。大型化できない畑は作業効率が落ちますし、そもそも農地取得のための交渉などに多大な時間と労力をかけるくらいならそもそも畑を取得しようとせず、作っている人から買う方が効率的だしコストも安い、と考えるのは当然の帰結です。

ブドウの栽培区域の特徴であるTerroirを謳うことがマーケティング上非常に大きな役割を果たすワインに限定して話をすれば、あまりに小型の区画が多数にわたって存在しているような状態では一区画あたりでの生産本数が少なくなり、商品数ばかりが乱立して生産および販売効率が著しく低下します。それを嫌うと今度は逆にすべての区画を混ぜてしまってTerroirを謳わない (謳えない) 商品に仕立てるかのどちらかになってしまいます。

どちらにしてもまったくありがたくない話になるわけです。

またこれは上記のニュース記事にもある「果実酒等の製法品質表示基準」に基づく「ご当地ワイン」によるブランド確立の向きにもマイナスに影響します。

一方で最近の日本で設立が相次いでいる個人のワイナリーの多くでは先にブドウ畑を確保しているケースが多く見られます。このようなケースでは自分たちで先に原料となるブドウを栽培しているので、一見すると原料不足とは無縁のように思えます。


しかし本当にそうかというと疑問があります。

その理由は取得している農地の面積です。日本の個人経営ワイナリーが所有している自社畑の面積は小さすぎるのです。

一家の家計に必要なのは何ヘクタールか?

家業としてワイナリーを営む場合、そこから上がってくる利益が生活費となります。逆に言うのであれば、家族を養うためにはそれに足りるだけの売り上げと利益をワイナリー事業で稼がなければなりません。

ワイナリーにおける利益の計算は難しくありません。

ワインの生産本数 x 販売価格 - 各種経費

これだけです。
利益は生産本数と販売単価に依存します。そして現在の日本における小規模ワイナリーの多くは生産本数が少ない分、利益の源泉を販売単価に依存している傾向が強く見られます

「日本ワイン」がブームであり、周りが応援の意味も兼ねて価格が高くても買ってくれている今のうちはこのやり方でもなんとか成り立つかもしれません。しかし、今後消費者の目が厳しくなり、ワインの品質と価格のバランスを見られるようになったら多くのワイナリーが困難に直面することは火を見るよりも明らかです。
失礼な言い方であることは百も承知ですが、現状の日本のワインはその品質に対して価格が高すぎるからです。

近い将来、多くのワイナリーが販売単価を引き下げざるを得なくなるはずです

大きな資本を背景に持ち、体力があり生産本数を買いブドウを使うことで増やすことが出来るワイナリーであればこのような動きにも対応することが出来ますが、自社所有の畑からの収穫のみでワインを造っているワイナリーでは販売単価の下落による売り上げ減を販売数量の増加で賄うことはできません。加えて、そもそもの栽培面積の小ささがネックとなりますので、利益率の急落とそれに伴う運転資金確保の困難に直面しかねません。

これはドイツの例ですが、一家4人が生活するには数ヘクタールの畑が必要と言われています。
販売単価の設定次第でもありますが、いずれにしても単位は「ヘクタール (ha)」、つまり100アールです。これに対して最近の日本のワイナリーが所有している自社畑の面積はどの程度でしょうか?中規模でも10ヘクタールに届かない例がほとんどで、小規模ワイナリーに至っては数十アール程度ではないかと思います。

これでは一家が生活をしていくのは困難です。

一般に高品質と言われるワインに仕上げられるブドウの面積当たりの収量は50 hl / ha、つまり1ヘクタールあたり5000リットルです。栽培する品種を選び、天候に恵まれ、ブドウがよく熟すことが前提でかつ一般品質のワインを造る場合で100~120 hl / haくらいとなります。これはそれぞれワインの生産本数に直すと、醸造中のロスを考えない場合で高品質なら6600本、一般品質なら13000~16000本となります。

高品質のものを造り、1本5000円で売れても売り上げは3300万円。ここからコストを引きますから一家の家計として使える利益は、、、という程度です。しかもこれは栽培面積が1ヘクタールあった場合の話。所有面積が30アール程度だと売り上げは990万円です。
しかも前提条件は1年間ですべての生産量を売り切ることですので、実際の場合はこれを下回る可能性が高くなります。また日本はその天候状況からおそらく100 hl / haを超えた収量を確保することは収穫されるブドウの品質面から難しいのではないかと思われます。これもまた売上高の押し下げ要因となります。

固定費は規模による増減幅はそれほどありませんので、規模が小さいと相対的にコスト負担は大きくなります。この程度の売り上げで一家四人が日本で生活していけるのかというとかなり厳しいのではないでしょうか?

商品価格を上げざるを得ない日本の状況

ワイナリーは良くも悪くも設備産業であり、規模の産業です。
生業として成立させていくのであれば、最低限度の規模は絶対に必要となります。しかし、これが今の日本では難しいことでもあります。

規模の拡大が出来ない中で生活のために最低限度の売り上げを確保しなければならない日本のワイナリーは、小規模ワイナリーであるほど商品価格を高止まりさせるしかない状況にあります。しかもこういったワイナリーは買いブドウをするほどの企業体力がない場合がほとんどですので逃げ道がありません。

もちろん、消費者がその価格に納得してくれるのであれば何の問題もありません。
しかし残念ながらごく一部のワイナリーを除いてはそうはならないだろうというのが筆者の考えです。

確かに昨今の日本ワインの品質は一昔前に比べると格段に上がってきているのだろうとは思います。思うのですが、その場合の比較対象は「一昔前の日本ワイン」であって、「同じ時代の海外のワイン」でないことが問題です。
消費者がいつまでも1000円で買えるワインと大きく変わらない品質のワインに3000円以上のお金を払い続けてくれると思うのは楽観が過ぎるでしょう。

今後、ワインの原料となるブドウが不足するという懸念の裏側にはもっと深刻な、ワイナリーの存続危機という懸念が存在します。しかもその危機が表面化してくるまでには、実はそれほどの時間的余裕はありません。

行政はワイナリーを地域振興の手段として考えるのであれば、さらに踏み込んで農地の区画調整とその取得、もしくは長期スパンでの借用契約を仲介する程度の覚悟が必要です。地域が賑わいそうだから、ブームだから、というような安易な考えだけでワイナリーの乱立を後押しするべきではありません。

本当に日本でワイン造りをすることを推し進めていくのであれば、まとまった数十ヘクタール規模での用地を自治体が主導して地権整理し、希望ワイナリーに対して販売仲介する程度の対応が必要です。
そしてワイナリーもワイナリーで個々に独立して動くのではなく、力のあるワイナリーの下請けとまではいかないまでも、ある程度の自治権を有する、緩やかながらも上下関係のある共同体として動いていくことを考えるべきです。

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https://nagiswine.com/

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ガイゼンハイム大卒/エノログ/醸造用葡萄の栽培醸造エンジニア/元ワイン無関係の会社員/現ドイツのワイナリー勤務とワイン醸造やブドウ栽培関連フリーランスの二足の草鞋。お仕事のご依頼はいつでも大歓迎。メインはhttps://nagiswine.com/
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