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黒い髪 白い髪

 今年の夏、祖母は髪を染めるのをやめた。
 わたしの祖母は30年以上毎月、髪を染めに美容院へ通っていた。色は緑がかったような黒で、いつもつやつやと輝いていた。わたしは祖母の似顔絵を描くときにはいつも深緑の色鉛筆で髪を塗った。小さい頃はどこに行っても「きれいなおばあちゃんね」と言われたので、自慢の祖母だった。
 しかし、80歳を超えたあたりから、髪が細くなったのか色が抜けやすくなり、染めた端から赤くなっていくようなありさまだった。祖母はわたしとは対照的に、とてもおしゃれに気を遣う人なので髪が赤くなったり白髪が出てきたりするのをとても気にして、美容院へ行く回数を増やしたが、髪を染めることにうんざりしているようだった。

 「いっそ染めるのをやめたらどう?」とずぼらな孫が提案すると、祖母は顔を顰めて「真っ白な髪ならきれいだけど、わたしは黒が混じるからね」と言った。その時は適当に頷いて終わったが、それからわたしは定期的に祖母に髪を染めることをやめるように説得した。うんざりした顔をした祖母を見るのは気が滅入るからだ。

 その甲斐あってか、ある日突然、祖母は「今日は髪を染めてもらわない」と孫に宣言して美容院に出かけて行った。帰ってきた祖母は、本当に髪を染めておらず、赤くなった髪をきれいに整えてもらっただけだった
 整えてもらっただけで、思ったよりも随分すっきりとした印象になっているなと思ったが、祖母もそう思ったのだろう。ご機嫌で「今日は染めなかったから、いつもより美容院にいるのが楽だったのよ。」と話した。足腰の悪い祖母はカットとパーマも美容院でお願いしていたので、座っている時間が長いことがとても負担になっていたのだ。わたしはその言葉を聞けただけでも満足だった。
 その後、祖母は髪を染めるのをやめた。すると、赤く傷んだ髪の隙間から少しずつ柔らかな白い毛が見えるようになった。白くて、柔らかくて、瑞々しいその毛は、なんだか枯れ葉の下から新芽がのぞいて見えるようで、年老いた体に生命力が満ちていくことを示しているようで、わたしはにこにこしながらそれを見守った。それと比例するように祖母の表情は以前よりもずっと明るく、穏やかになっていった。

 夏の終わりに、赤い髪はすべて切り落とされ、祖母の髪は真っ白になった。前髪のところに少しだけ黒い髪が交じっているが、後ろから見ると本当に真っ白だ。柔らかい絹のような白髪は、皺の増えた祖母の顔にとてもよく馴染んでいて、わたしは生まれて初めて祖母をかわいいと思った。不思議なことに、白い髪は黒く染めた髪よりもずっと、祖母を健康的で美しい姿に見せた。
 美しさの定義はきっと人によって違うのだろうが、わたしは白髪になった祖母を見る度に、自分の体の形や変化を受け入れることも美しさに繋がるのだということを教えられる。

 祖母は、美容師さんに「白い髪には赤い服がいいよ」と言われて、今年の冬は赤い服を着るのだと張りきっている。黒い髪はきっと祖母にとって若さの象徴だった。けれど、80歳を超えた祖母には白い髪が良く似合う。わたしはなぜだかそれがとてもうれしい。「うちのばあちゃん、きれいでしょ!」と小さい頃のように、心の中でこっそり自慢して回りたい気分だ。

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