私がやりたいこと

「五つの目的が教会を動かす」からの学びです。

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ほとんどの教会員は決して、失われている友人を教会に連れて来ようとはしない。
なぜだろうか。

三つの大きな理由があるだろう。

まず第一に、すでに述べたように、説教の対象が前もって知らされていないからだ。
教会員は来る週も来る週も、牧師が伝道的説教をするのか、信徒教育的な説教をするのかわからない。

第二に、礼拝そのものが求道者を考慮して企画されていないからだ。
教会につながっていない友人にとって、理解できないことが礼拝の中であまりにも多すぎる。

第三に、教会員が礼拝の質に満足していないからであろう。
もし、平均的な教会員に自らの教会についての正直な思いを聞くことができるなら、多分こう答えるだろう。

「たしかに私は自分の教会、牧師を愛しています。
礼拝で、私個人は恵まれる経験をしています。
私の必要に応えてくれています。
しかし、、、、同じ職場で働いている未信の友人を誘おうとは思っていません。

彼らにとって礼拝は何の意味も持っていませんから。
説教や賛美歌、そして祈り、報告にいたるまで私には理解でき、大いに意味のあるものですが、友人にはほとんど理解できないでしょう。」

皮肉にも、この教会員は同時に、友人を教会へ誘わないことに罪責感を感じているのである。

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この文章はまさに自分の気持ちを代弁してくれるものでした。

僕の自分にとっての一つのミッションは、
信徒が自分の友達を安心して連れてこれる教会を建て上げることです。


私にとっては意味のある教会の礼拝、説教、賛美、報告、そして交わりがあります。
毎週それによって自分自身が励まされるからです。

でも教会に未信者の友達を誘ったことはほとんどありませんでした。

なぜなら、自分の未信者の友達には「多分ここに連れてきても、戸惑うばかりだろうな、、、」と思ってたからです(その時は無意識に)。


だからこそ本当の意味で、信徒の方が大切な未信者の友人を誘える教会を建て上げていきたいと思ってます。

それには想像以上の予想を配慮が必要です。
使信を妥協するのではなく、愛をもって未信者の方に来やすい教会をつくるためです。
本書では考えるべきものがいくつかあります。

・礼拝の回数を増やし選択肢を増やす
・十分な駐車スペースを用意する
・礼拝と同時に子どもの日曜学校を行う
・全ての案内に教会の地図を入れる
・一番いい駐車スペースを来会者のために確保する
・挨拶するスタッフを建物の外に配置する
・建物の外に案内所を設ける
・案内図を各所に設ける
・人々が建物の中に入ってきたと時、音楽が流れているようにする
・礼拝の中で来会者を紹介しないようにする
・もし来会者カードを用いるなら、全ての人に記入する
・人々をくつろがせるような歓迎の言葉を述べる
・礼拝の最初と最後に、互いに挨拶を交わす時間を設ける
・もし名札をつけさせるなら、全ての人々に配る
・礼拝後、茶菓のテーブルを用意する
・照明について
・音響について
・座席について
・空間について
・室温について
・植物について
・きれいで安全な子ども室
・清潔なトイレ
・週報には一般用語を用いる
・説明文を入れる
・教会内部の報告は、必要最小限にとどめる
・教会員に、週報を読む習慣を身につけさせる
・講壇から支援を求めることは避ける
・求道者向けの礼拝に、教会内の相談事項を持ち込んではならない
・継続的な礼拝や働きの厳しい振り返りと改善をし続ける
などがあります。
多い(笑)

でもイエスのことを伝えるために、生涯かけてやっていきたいと思います。



今日も最高の1日を😄

God bless you〜(神の恵みがあなたにありますように)

長瀬雄大

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