noteをやらなきゃ「ヤバい」理由
note、書いてますか?
毎日書き続けて300日手前、すっかり書くことが習慣化されつつある長押しです。
自分の周りで、noteを書く宣言をインスタのストーリーに投稿したりツイートしたりしていた友人はいつの間にか更新が止まり、毎日noteを書く宣言をしていた友人も気づいたら投稿すらしていない。
意識が高いのであれば、どうして継続的なアウトプットをしないのだろう。
メモの魔力に取り憑かれて、自分の散らかった試行を出力しているだけで満足している人は何が楽しいのだろう。
自分の考えを書いてみたい?毎日起きてる間ずっと回転中の思考を書き留めることをせずして、どうしてそれをしないのだろう。
痩せたいと言いながら運動せずに寝ているのと変わらないし、デブがダイエットをしない理由を考えるのが上手なのと一緒だ。
大体、毎日1000字すら自分で書けないような人間が自分の考えを発信できるはずがない。
毎日1000字も書いていれば、半年もすると当たり前のように文字が書けてくるし、自分の中で問題意識も増え続ける。疑問に感じたことを自分の言葉で記事にできる。それに共感してくれた人が「スキ」を飛ばしてくれる。
あぁ、なんて素晴らしきnoteライフ!!!
……んなわけねぇだろ。別に誰もお前の書く文字や記事なんて関心なんぞ無いわ。
毎日書いてる。だからなんだ。それが何か偉いのか?
他の何もしていない人よりも自分は毎日「アウトプット笑」をしているから高尚とでも思っているのか?
おこがましいわ。他に発信する手段もなくただただ燻ってることを言い訳にしているアントレプレナー(笑)は大いに結構。その企業家精神を誇ってカオナシくらいか細く目の前にあったかもしれない可能性をみすみす逃したことを悔いてください。
持ち上げたり突き落としたりしているけど、実際別にnoteを書いてないからヤバい理由なんかないし、なんならもう生きているだけで十分なんですわ。
人は上を見続けるし、青天井に焦がれるし、隣の人よりも良い生活をしていたいし、目の前の笑っている人間よりもまともな人生だと思い込みたいし、どうしてこんなやつが俺よりどうしてフォロワーも閲覧者数も多いんだと嫉妬もする。そんな自分に脱毛をしろと吊り広告はせわしく話しかけてくる。
自分に欠けていることや足りてないことを知っていたり持っていたりする人を見て悔しくなるし、可視化されたフォロワーの数を見て自分のコンテンツ力の無さに泣きそうになる夜もある。
でもまぁ、別にそこまで引っ張られることが減った。
人は人だし、どうであろうと自分が書くコンテンツが一番面白いと思っているし、フォロワーの数が多ければ面白いのであれば、今頃トランプとかジャスティンビーバーは世界最強のコンテンツだろう。
自分の文章が誰かに刺さればいいし、多分そんな感じで世界に見つかった方がロックな気がする。
インディーズの美徳を知りたいし、なんなら王道のロックで人生を生きたい。
覇道だとか邪道だとかはあるけど、やっぱり頭は少年ジャンプ脳なので、どこかでジャンプの主人公になれるのではないかと思い込みたいフシがある。
ルフィになりたいわけはないし、ゴンになりたいわけでもない。虎杖なんてまっぴらごめんだ。
少年ジャンプ的な生き方したい。
こんな終わり方でよかったのだろうか。まぁ、別にいいや。
そこまで見られているわけでもないのだから。
ここまで読んでくれた人には感謝を伝えたいので、よかったら「自分の記事も読め」がてらスキでも押してってください。
ちょくちょく読みます。
ではまた明日。
おやすみなさい。
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