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うちの嫁には生えてます!?(16/27)

第16話「朝日に映える嫁の肌」

 布団ふとんを二つ敷いて、その片方にまくらを並べる。
 そんな夜が毎晩続いて、今日も温かな存在感を感じて美星アースは目覚めた。枕元の目覚ましを見れば、まだ五時前だ。
 そして、自分の胸にしがみつくようにして、辰乃タツノが小さな寝息をたてていた。
 広がるみどりの長髪から、たわわな裸体がのぞく。
 密着感が柔らかくて、でも少しおかしくて美星の口元には笑みが浮かんだ。

「絶対逃しません、って感じでもあるんだよなあ」

 辰乃の尻の上あたりから、長い長い尻尾しっぽが生えている。
 それが今、美星の脚に幾重いくえにも巻き付いていた。痛くはないが、適度な締め付けは切実さといじらしさが感じられる。
 青みがかった翡翠ひすいのようなうろこは、窓からの朝焼けに光を波立たせていた。
 そっと、でてみる。
 つやつやとすべやかで、ひんやりと冷たい。
 そして、辰乃の呼吸に合わせてかすかに動いている。
 純粋に綺麗だと思った。
 自分の花嫁は不思議なで、龍神だという。角が生えてて、尻尾も生えてて、隠していても嬉しいと出てしまう。美星と二人きりの時だけ、出しっぱなしだ。

「ん……ふあ? あ、あら? あ、美星さん、おはようございます」
「ああ、おはよう」
「その、えっと……少し、くすぐったいです」
「ああ、悪い」

 辰乃が目を覚ました。
 見下ろす胸の上で、ゆっくりとうるんた瞳を向けてくる。
 彼女の角は差し込む朝日で金色に輝いていた。まるで並び立つ黄金樹のようである。そして、そっと尻尾から放した手で頬に触れる。
 しっとり温かくて、その手に手を重ねてくる辰乃の微笑ほほえみが優しかった。
 未だに同居人同士で夫婦未満な二人だが、美星は妙に満足だった。
 昨夜も夫婦めおとちぎりを交わせなかったが、失敗する度に距離が近付いてる気がした。
 同時に、ふと疑問があって、それは日に日に強くなる。
 自分のことも少し話したし、辰乃のことがもっと聞きたかった。
 だが、その前にふと咳払いを一つ。

「辰乃、あのな」
「はい、美星さん」
つの、な」
「あ、はいっ! け、消しましょうか。あの、当たって痛いとかは」
「それは全然。けどな、辰乃。その……角に、引っかかってる」

 言われて「ほへ?」と辰乃は目を丸くした。
 自分では見上げても見えない角へと、彼女は手を伸ばす。
 無数に枝分かれして広がる角の隅に、それは引っかかっていた。
 ――スケスケでレースがドドーンな、ぱんつ
 それは、昨夜こそはと気負う辰乃の、脱ぐために着てきた下着だ。
 あの千鞠チマリが悪ノリした、恐らく姉に代わっての仕返しだろう。
 あまりにも目の毒なピンク色のぱんつを、辰乃は手にして目の前に広げた。瞬間、まだ夢現ゆめうつつだった彼女の顔が、ボンッ! と真っ赤になる。

「こっ、ここ、これは! はわわ、こんな凄いものを! わたしが!」
「ん、はいてた。んで、脱いだ。俺の前で」
「いっ、言わないでくださいっ! 恥ずかしいです、もうおよめに行けませんっ!」
「そりゃ、どっかに嫁に行かれたら……困るわな。うん、それは、いやだ」
「……そ、そうでした。その、美星さん、これは」

 動揺のあまり辰乃は、赤面を広げたぱんつで隠す。
 そして、スケスケのヒラヒラの奥から、じっと美星を見詰めてきた。

「あの、その、えと、でも、んと……お嫌い、ですか?」
「んー、難しいな。千鞠の仕業しわざだろ? しょうがない奴なんだよ、大学生っていってもガキっぽいというか」
「……そういう風に見てらしたから、気付かないんですね」
「ん? まあ、なんだ……妹に、義妹いもうとになるかも知れなかった奴だよ。かわいがったしなつかれて嬉しかった。このまま家族になるんだなって、あの時は思えた。まだ、我慢できてた」
宝物庫ほうもつこのこと、ですか?」
「うん。……まあ、それより、だ。辰乃、少しはお前の話も聞きたいんだけど」

 ひょいと辰乃の両手から、ぱんつを取り上げる。
 自分でも広げてみて、うわあと美星も流石さすがあきれた。
 この手のものはゲームやアニメといった創作物にじげんにも出て来るが、現実さんじげんで目にすると……微妙に引く。というか、ドン引きである。
 昔の偉い人は言いました。
 月は遠くにあって手が届かないから、美しく綺麗なのだと。
 今、美星はアポロ計画の宇宙飛行士になった気分だ。

「辰乃、お前な」
「は、はいっ!」
「辰乃には、もっと普通の下着でもいいと思う。そっちの方がいいな。こういうのもいいけど、普通でいいんだ。普通に、その、うん……か、かわいいからな」
「美星さん……わたし、嬉しいですっ!」
「ま、待て、ちょっと待て辰乃! 尻尾! 尻尾が締め付けて、なんかギリギリって!」

 ギュッと辰乃が抱き付いてきた。
 同時に、脚にからまる尻尾が圧迫感をましてビュルギュルと締まる。
 ようやく辰乃を落ち着かせて、話を促しながら……彼女の軽過ぎる重みを全身で感じていた。どうして女の子というイキモノは、細くて軽いのに安心感のある重さなんだろう。
 羽毛うもうのように感じることもあれば、黄金や宝石のかたまりよりもありがたいこともある。
 そして、美星は自分の中に根付き始めた少女のことをもっと知りたかった。

「わたしの話、ですか?」
「そ。そもそも、何で俺の嫁に来たんだ? 神様に言われたから、かな。やっぱ」
「あ、いえ! わたし、神様にお願いしたんです。その……笑わないでくださいね、美星さん。わたし……その、行き遅れというか、行かず後家ごけというか」

 おずおずと辰乃は話し始めた。
 ドラゴンとは、この世で神に最も近い生物。そして、決して人間の幻想ファンタジーが生み出した産物ではない。時に摂理せつりの代行者として、時に神罰の執行者として歴史に様々な形で接触してきた。
 言うなれば、神々の御使みつかいであり、助手のような仕事だという。
 そして、辰乃にもかつては多くの同族がいたのだ。
 皆で神々を支えて、地球という星の全てを見守っていたという。

「昔はお友達も沢山いて、でもほら、ちょっと前にあったじゃないですか。世紀末が」
「ああ、えっと、何だっけ?」
アンゴルモアの大王さんが来ちゃうので皆でやっつけに行ったんです。外宇宙の辺境惑星にどうにか封印して、それで地球の平和が守れて……ご存知ですよね」
「いやいや。いやいやいやいや! ご存知じゃないから。しれっと地球救うなよ」
「それで今回も千年紀を無事に超えられたので……神々は世代交代しましょうか、って話になったんです。わたしのつかえていたあの神様は、日本担当の方なんですが」
「……あのじいさん、やっぱ神様だったのか。しましょうか、ってオイオイ。気楽だなあ」

 仕事の合間に、普段はやらぬLINEラインを覗いてみることがある。
 そこはまさしく、神々の黄昏ラグナロクというか、井戸端会議いどばたかいぎだ。ケルトの存在が最近はどうとか、またゼウスが誰それをはらませたとか、非常にぞくっぽい話題が行き交っているのだ。
 あの日、ファミレスで再会した神様に、気付けば勝手にLINEに登録されたのだ。
 先日突然メールが来て、そのことを一方的に告げられた。
 特にこだわることはないが、まさしく神グループ末席まっせきに放り込まれている。

「そ、それで、あの、仲間や後輩達はみんな」
とついだの? どっかに」
「そういう子もいました。引退する神様と一緒になったり、龍同士でってのが多くて……で、気付けば世紀末の残務整理をしていたわたしは、一人になっちゃってて」
「なるほど。それで、俺でもいいかって感じに?」
「そ、それは違いますっ!」

 胸の上をよじ登るようにして、グイと辰乃が顔を突き出してきた。
 その目はんだ海のように美しく、無数の光が互いに輝き合っていた。

「わたし、お仕事のことしか考えてなくて。ずっとそうで……人間も、ちょっとこわいなって思ってて」
「怖い、ふむ」
「あの、いい人も沢山いました! 時々、お仕事だから国を焼いたりお姫様を神格化、つまり神様にしたりするんですけど。いい人と同じくらい、怖い人も多くて」

 それから辰乃は切々と語った。
 龍殺しの宝剣やら何やらと、龍を討伐する一族の末裔まつえい。数々の財宝を持ち去る英雄という名の簒奪者さんだつしゃ。そして、神様が救わねばならぬような惨状へと、平気で同族たる人間をおとしめる……それもまた人間だったと。
 大きな戦争も沢山あったし、そのいくつかは辰乃も最古にして最強の龍として戦ったという。

「わたし達の治める時代が終わったので、皆それぞれ自分の暮らしへ旅立っていきました。でも、わたしは……気付いたらお仕事以外、何もなくて」
「財宝集めは?」
「……見せびらかす訳じゃないです、けど……見せる仲間がいないと、つまんないです」
「だな。つまり、辰乃もワーカーホリックだった訳だ。ええと、1,500年だっけ」
「わーかーほりっく?」

 つまり、仕事一筋の才女、できるオンナだったのだ。
 どこかほんわかとして頼りないが、美星はシステムエンジニアを十年近くやってるから知っている。修羅場のデスマーチで最後にものをいうのは、健康とメンタリティだ。精神力がたくましい、敏感びんかん鈍感どんかんを使い分けられる人間が強い。
 そういう意味では、辰乃は一途でコツコツ頑張れるし、根気も熱意もある。
 あっという間に現代の家電製品に順応したことは、美星でも驚くくらいだ。

「で……俺の嫁に来た、と」
「神様にお願いしたんです。あの……人間の方に嫁ぎたいので、良縁りょうえんをと」
「人間、怖いだろ? 俺だってたまに怖くなるぞー? はは」
「怖いのは、知らないから。まだ、わからないことがあるから、です……だから、知りたかった、けど……今は、美星さんのことを、美星さんのことだけを……もっと、知りたいです」

 辰乃はいつも真っ直ぐな目で、美星を見上げてくれる。
 小さな花嫁は、いつも美星だけを見てくれてる気がした。
 自然と違いの呼気が近付く中で、くちびる同士が触れそうになる。辰乃の桜色の唇が、静かにつぶったひとみ睫毛まつげが、彼女の全てが美星のくちづけを待っててくれる。
 だが、不意に目覚まし時計が鳴り出した。
 時刻は五時半……辰乃はパチリと目を開くと、ジリリと鳴る目覚ましへ手を伸ばす。

朝餉あさげの支度の時間です……美星さん、ごめんなさいっ!」
「あ、いや、まあ……今日も一日頑張ろう? 的な? 今日も頼むな、辰乃」
「はいっ! 家のことはお任せくださいっ! ……でも、ちょっとだけ」

 もそもそと起き上がる辰乃は、自分もと身を起こした美星を抱き寄せた。
 その豊満な胸に、突然美星は顔を抱き締められた。
 突然のことで、甘やかな匂いの中での、一瞬の包容。
 まるで美星で何かをチャージしたかのように、素っ裸で冷たい朝に辰乃は立ち上がった。いそいそと着替えて、彼女はいつものエプロンを身につける。

「では、美星さんはもう少し休んでてくださいねっ!」
「あ、ああ……」

 角と尻尾の生えた嫁は、元気にパタパタ台所へと行ってしまった。エアコンをつけつつ、気付けば美星は顔が熱くて……同じくらい熱してきた股間を見下ろす。
 朝食の時間まで布団から出られない、布団以外では隠せない程度には、美星も健全な成人男子なのだった。

NEXT……第17話「龍は歌い、人は奏でる」

はじめまして!東北でラノベ作家やってるおっさんです。ロボットアニメ等を中心に、ゆるーく楽しくヲタ活してます。よろしくお願いしますね~