うちの嫁には生えてます!?(12/27)
第12話「男の子ってこういうのが好きなんでしょ」
荒谷美星にとって忙しい一日が終わった。
それというのも全て、後輩の響莱夏のせいである。
上司と会社に結婚の報告こそしたものの、美星は辰乃との生活を喧伝するつもりはなかった。だが、昨夜自宅を訪れ辰乃を見た莱夏は、その可憐さとかわいさを吹聴しまくったのである。
――あの美星が、ロリめかしい美少女幼妻と暮らしているらしい。
多くの者から、祝福のこもった言葉をもらった。
適度にくさされ、冷やかされたりした。
「ま、いいけどな」
相変わらず無感動、全く動じない美星がいた。
今日も夕暮れ、徐々に日の長くなった街を駅から歩く。
程なくして我が家へ到着したが、古びた引き戸をガラガラと開けると……すぐに台所から辰乃が駆けてくる。
おいおい転ぶなよと心配になるくらい、一生懸命ぽてぽてと彼女は走ってきた。
「美星さん、おかえりなさいっ!」
「おう、ただいま。……辰乃、寒くないか?」
何故か辰乃は、薄着だった。
二月も末になろうかというこの時期、見てる方が寒くなりそうだった。
だが、息を弾ませ辰乃は美星を見上げてくる。
身長差がだいぶあるので、玄関に上がる前から美星の方が目線が高い。
はにかみながら頬を赤らめ、辰乃はグッと身を乗り出して喋り出した。
「あっ、あの、美星さん! ご飯になさいますか? 先にお風呂になさいますか? そ、それとも……わ、わわっ、わ」
「わ?」
「わたしでなさいますかっ!」
真っ赤になって言い切ったあとで、フンスと辰乃は鼻息も荒くジッと美星を見上げてくる。突然何を言い出すのかと思ったが、恐らくお昼にテレビか何かで見たのだろう。
一時期は特殊なサブカルチャー趣味に傾倒していたので、意味はわかる。
だが、実際にそうした夢のシチュエーションを前にしても……驚かない。
やっぱり自分の心は死んでいるんだなあ、と冷静になってしまう。
「辰乃、わたしでなさいますか……わたしで?」
「あっ! ま、まま、間違いました! わたしとなさいますか、じゃない、わたしになさいますかっ!」
「えっと、じゃあ……飯、辰乃、風呂の順で」
「ええっ!? 待ってください、美星さん! ……わたし、今日は少し汗を。あの、お掃除とかお洗濯とかして」
「俺は気にしないが。そんなに臭うか? 辰乃が?」
目の前の翡翠色の頭をポンポン撫でて、スンと鼻を近付けてみる。
あっという間に辰乃は、真っ赤な顔を耳まで朱に染めた。
「だっ、駄目ですっ! わたしが気にするんです!」
「ん、そうか」
「そ、そうです! 美星さんに、その、ええと……臥所を共にするには、沐浴して身を清めないといけません。だって、美星さんはわたしの旦那様なんですから!」
「まあ、辰乃がそっちがいいなら。とりあえず飯だな、飯」
だが、靴を脱ごうとした美星はふと辰乃の視線を感じる。
彼女は美星から鞄を受け取りつつ、僅かに口籠った。
何か言いたいことがあるのかと、思わずジッと見詰めてしまう。
桜色の唇が何度も言葉を紡ごうとしては、その都度ギュムと結ばれる。それでも辰乃は、何とか美星に昼間の出来事を伝えてきた。
「あの、美星さん……ごめんなさいっ!」
突然、ガバリ! と辰乃が頭を下げた。
これには流石に美星も驚いた。
彼女の唐突な謝罪、これでもかとありったけの誠意を総動員した行動にではない。
辰乃の真っ白な背中が見えたのだ。
顕になったうなじに、まるで宝石のように一つだけ……たった一つだけ緑色の鱗が光っていた。
辰乃は上にエプロン以外、何も身につけていなかった。
「えっと、辰乃?」
「本当にごめんなさい……あの、今日の午前中に千鞠さんがいらして」
「ああ、ふむ……納得だ。あいつはこういうことをやらせたがる奴だからな」
「そ、それで……開けてはならないと言われていた、美星さんの宝物庫を!」
ああ、それでかと思った。
もう既に、あの早瀬千鞠にはこの家に用がない筈だから。
かつて辰乃ではない人と住んでいた時、将来の妹になるかもしれない千鞠はよく立ち寄っていた。バイクという共通の趣味もあったし、知り合ったのは千鞠の方が先だった。
まるで本当の妹ができたみたいで、美星も嬉しくて随分かわいがったものだ。
だが、その関係はもう終わったのだ。
そして、今日の昼にあった経緯を辰乃がおずおずと話してくれた。
「そうか、バッグ……そういえば、確かにしまったような気がするな。持ってったか?」
「は、はい」
「なら、いい。で……辰乃も、見たか? その、何というか……俺の黒歴史」
「黒、歴史?」
「恥ずかしい過去のことをそう言うんだが、それ自体がまあ、なんといか」
「恥ずかしくなんかありませんっ! 凄かったです、素晴らしいです! 美星さんっ!」
顔をあげた辰乃は、今にも玄関から飛び立たん勢いで顔を突き出してくる。
背伸びする彼女の肩に両手を置いて、じんわりと浸透してくる体温に手が温かい。
互いの吐息を顔で感じる距離で、辰乃は懸命に喋り続ける。
「美星さんっ、とても素晴らしい財宝をお持ちです! わたし、感激しました!」
「まあ、プレミアムな値段の物もいくつかあるが……大げさだぞ、辰乃」
「いいえっ、ご謙遜を。わたしは龍神、龍の眷属は皆がお宝大好き、宝物の収集はもはや人生に必須の潤いと言っても過言ではありません!」
そう言えば、美星は以前に聞いたことがある。
アニメや漫画が好きな仲間が昔はいた。ファンタジーの世界では、ドラゴンは宝物を集めて洞窟などに溜め込むのだ。そして、それを取りに来た人間達と戦って守るのである。
昔は確かに、そういう話をする仲間がいた。
友達だったかもしれない。
それを、美星は一方的に切り捨てた。
彼等と同種だった自分ごと、黒歴史として葬ってしまったのである。
しかし、そうとは知らずに辰乃はヒートアップしてゆく。
「部屋の壁に貼られた、数々の絵画! さぞや名のある芸術家の作品に違いありません!」
「芸術家……まあ、神絵師はそう呼んで差し支えないだろうな」
「そして、精巧かつ大胆な解釈で作られた、異界の女神や天使の像!」
「あの辺のフィギュアはまあ……一つ十万円はするものもあるな、今なら」
「じゅっ、十万円! えっと、今の日本円は、この間お買い物した時は確か」
「まあ、今でもちょっとした大金かもしれない。全部、俺の……そう、宝物、だった」
そんな噛み合わない会話を交わしていると、辰乃は再度申し訳なさそうに俯く。
「龍は皆、己の宝を守ります。宝を守ることこそが、命よりも尊い龍の矜持……それを今日、わたしは……美星さんの大切な宝物庫を」
「それな、辰乃。多分……あれだろ? 千鞠の奴が勝手にズカズカ入ったんだろう?」
「それでもです! お止めできませんでした。わたしは龍の眷属として……恥ずかしいです」
今のその格好より恥ずかしいのだろ。
だとすれば、それは大変な恥辱かもしれない。
やれやれと小さく溜息を零しつつ、美星こそなんだか申し訳なくなってくる。
「いいんだ、辰乃。俺こそ、すまん。話してなかったこと、色々聞いたろ?」
「は、はい……あ、でも! 美星さんは凄くお優しいですし、器量が大きく甲斐性もある方です。そうした美星さんに魅力を感じてくださる女性は絶対いる筈なんです! ……わたしも、そう、感じてる、から」
「ん、まあ……とりあえず飯にして、そのあとゆっくり話そう。俺も全部は無理だけど……話せることから知ってほしい。いいか? 辰乃」
「は、はい! 辰乃はどんな真実があろうと、美星さんの妻です!」
「はは、そうしゃちほこばるなよ。で……千鞠は何か言ってたか?」
美星は自分が半年以上前に封印した趣味を、誰にも話さなかった。
何故封印したかというと、その目的の中心地に千鞠もいるから……当然、話せなかった。
だから今でも、千鞠との関係はあの時は良好だったと思っている。
自分の判断で彼女の姉と恋人になれたし、失恋と今回のことは無関係だ。
そう思うしかないし、自分に問題があって、その処理や解決に失敗したから破局したのだ。SEという仕事柄、日々をロジカルに考えている美星は、そう結論づけていた。そのうえで整理のつかない心は、それは胸の奥に沈めていたのだ。
辰乃は思い出す素振りをしてから、パッと表情を明るくした。
「きも……」
「ああ、やっぱりか。そうだよな、キモいよな」
「きも、そうです! 肝だと言ってました! やはり、宝は隠して蓄財が肝要、これこそが一家の主たる者の肝という意味でしょう。人と龍、種族は違えど……わたし、わかります! ……だから、その、今日は申し訳なくて」
いやいやそれは違うぞ……そう思ったが、思わず苦笑が口元に浮かぶ。
とにかく、まずは夕食を一緒に食べようと美星は玄関にあがった。
辰乃もはたと踵を返して台所へと走り出す。
「でっ、ではお着替えを……ックシュン! その前に、お味噌汁を温め始めますね!」
「風邪引くなよー、何か着てくれ。その、目のやり場に、困る」
全裸の背面が露わになって、美星は心の中で千鞠を恨んだ。
真っ白な尻をおいかけ、やれやれと美星も玄関に上がる。
今夜は少し、辰乃と話さなければいけない……そして、自分に起こった過去のできごとを少し紐解く必要がありそうだ。それもいい心の整理になると思ったが……どうしても彼にはまだ、昔の恋人である早瀬百華との間にわだかまりがある。
一度膿んだ傷は、今も鈍い痛みで美星を苛んでいた。
はじめまして!東北でラノベ作家やってるおっさんです。ロボットアニメ等を中心に、ゆるーく楽しくヲタ活してます。よろしくお願いしますね~