もう十年、まだ十年…これからまだまだ何十年。

 東日本大震災から、十年。
 これを節目として、気持ちに区切りをつけるのもいいと思います。同じように、今後もこの日が来る都度、当時を思い出して偲ぶのもいいでしょう。
 あまりに辛く、苦しく、悲しい大災害でした。
 誰もがなにかを失い、多くの人が亡くなりました。
 自分は今でも、十年前の今日を克明に覚えています。

 2011年3月11日は金曜日でした。
 我が家では、金曜日にお酒を買って週末に飲みます。あの日も、二時頃に治療院にマッマを迎えに行き、酒屋に寄って帰宅。そこから自分は、電撃大賞へ向けての執筆作業に戻りました。
 そしたら、ぐらりと来ましたね。
 お、地震?って思った瞬間でした。
 あっという間に強い縦揺れが襲い、家がギシギシと軋み出しました。
 やばいと思ったけど立てない、歩けないくらいの激震でしたね。
 五分くらい揺れてたような、凄く長い一瞬だったのを覚えています。
 そして…青森も全県停電、電力を喪失しました。

 三月にしては珍しく、晴れてはいるものの寒い日でした。そして、夕闇迫る中…さらに気温が下がってゆきます。当時まだ歩いて仕事場に通っていたパッパが、無事に帰ってきました。三人で安堵しつつ、さてどうするかと。
 幸い、青森ではガスが使えました。
 お湯を沸かして、レトルトのおでんを温め、カップラーメンの夕食。
 電気が来てないので、暖房器具が一切合切使えません。昔ながらの灯油オンリーのストーブがあればよかったんですが、今ではどこの家も多くがFF式です。灯油があっても、電力が供給されてないと点火できません。
 なんやかやで落ち着いて、六時頃に両親は就寝。

 自分は一人、真っ暗な街へと出ました。
 この時、生まれてはじめて「本物の暗闇」を体験しましたね。夜があんなに暗いと感じたのは、後にも先にもあの時だけです。
 車は全て、ハザードを付けながらの徐行運転です。
 まだまだ残雪があって、身を切るような寒さが染みます。
 新町商店街は、信用金庫の24時間金庫だけに明かりが灯っていました。交番には、北海道から来て帰れなくなった観光客が押し寄せていました。どこのコンビニも、客が殺到していてパニック状態でしたね。
 この日、一人暮らしの友人が風邪で寝込んでいました。
 様子を見に行ったのですが、チャイムを押しても応答がありません。
 あとから知りましたが、恋人の家に避難していたそうです。
 暗くて寒くて、そして頻繁に余震が襲ってきました。
 携帯も繋がらず、一瞬で文明を奪われた夜。
 帰宅し、なにもやることがない、できることがなくて自分も寝ました。

 停電から電力が復旧したのは、次の日の昼過ぎでした。
 東京の妹と連絡が取れ、何人かの友人とも無事を確認し合いました。
 そして、ようやくテレビをつけることができて…自分は戦慄しました。今回の地震が、大津波を引き起こしたと知ったのです。まるでデキの悪い映画を見ているみたいでした。まだ正確な情報がない中、テレビで津波の被害だけが知らされます。
 この日、全ての日本人は思い出しました。
 世界の地震の一割は、日本に集中して起きている。
 四つのプレートが複雑に交わった地形の上に、日本列島は乗っかっているのです。

 そこからは皆様も御存知の通り、原発事故のニュースが流れました。街では買い占めが横行し、節電や計画停電が積極的に行われました。世界各国から支援の手が届き、被害報告の数字は膨れ上がりました。
 それが、今から十年前。
 もう十年です。
 まだ十年です。
 失ったものは多くが戻らず、今も喪失感は膨らむばかりです。復興はまだまだ道半ばで、その中で取り残されている人、立ち止まってしまった人も沢山います。同時に、力強く立ち直り、今という時代を懸命に生きている人もいます。
 まずは、自分にできることからやっていきましょう。
 なにもできなくても、食べて寝て、そして生きてきましょう。

 人間はこの世で唯一、高度な社会を構築して生きる動物です。いえ、既に野生や自然といった概念から飛び出した、動物ではないイキモノだとさえ思います。
 動物にも群れを作る種はいますし、助け合う習性も見られます。
 しかし、人間だけが「弱肉強食の理を外れて、弱者を守って全員で生きる」という能力を持っています。社会とは、そのためのシステムなのです。僅かな例外を除いて、野生の動物は基本的に弱肉強食、弱いものは淘汰されて死んでゆきます。
 弱いままで生きていけるのは、人間だけです。
 弱いことを責めたりする人もいますが、自分はその必要はないと思っています。
 弱い人間を守る社会では、誰もが「突然不運で弱くなってしまっても、ある程度は大丈夫」というセフティネットがあります。明日、なにかが起こってあなたは弱者になる。理不尽、そして不条理な事件や事故で、突然弱者になることがあるんです。
 人間の社会では、本来はなにもしない人間だって許されるべきなんです。
 頑張っていない、努力が足りない、そういう言葉はナンセンスとさえ思えます。人類の叡智は、いつだって人類全員で寄り添って生きていくためにあるのですから。
 今後もより良い社会が維持され、天災や疫病を克服してゆく…その都度、脱落しかける全ての人を余さず救ってゆく。全員で共に歩んでいけることを切望せずにはいられません。

 最後に…センシティブなワードですが、原発の話をします。
 原発は最終的には、ゼロにすべきです。
 しかし、それは百年後、二百年後だと思っています。
 今の日本では、ベース電源として複数の発電所を使わねばならず、原発もその一部として必要不可欠でしょう。
 ただし、問題が山積しているので、それを改善すべきです。
 廃棄物の最終処分場問題もそうですが、やはりコストと安全の面がまだまだ不透明、そして不十分です。資源がない日本では、原発は安価な電力と言われてきました。しかし、廃炉までの諸経費全てをトータルで見ると、決して安い発電方法ではありません。
 また、日本は地震大国です。
 3.11から今までの間に、熊本や北海道などで大きな地震が沢山ありました。
 先日も地震があり、福島の原発では震度計が動いていなかったというニュースまでありました。とにかく、震災は悲劇でした。ならば、そこからせめて防災意識を持って原発の安全性を見直す、そういう動きくらいは生まれてほしいなと思います。
 福島の原発は、専門家から複数の耐震、対津波対策を指摘されていました。
 しかし、コストの面ばかりを考え、適切な処置を怠っていたのです。
 その責任を問うことも大事ですが、今度こそ教訓から学んで、本当の意味での安全な原発を作って欲しい。安全重視の原発政策を行ってほしい。そこでまでやって初めて、防災コストを含めて「原発は本当に安いのか?」を、皆で考えていきたいですね。

 長くなりましたが、今日は静かに過ごすつもりです。
 やらなきゃいけない作業、山積みですしね。
 鎮魂の祈りを胸に、明日からまた日常が始まります。亡くなった方のためにも、普通に生きる平凡な毎日を大切にしていきましょう。自分も稀によく凹んで絶望し、やらかしますが…どうにか周囲の人たちのおかげで生きていけてます。
 生かされてるんですね。
 人生、生きてるだけで丸儲けです。
 騙されたと思って、まずは生きてみましょう。
 ご飯を食べて、ちゃんと寝て、学んで遊んで、時には泣いて。
 辛いことも多いし、行く先に暗雲は絶えませんが…その先に光があると信じて、ダメモト程度のゆるさでいいので、みんなで一緒に生きていきましょうよ、ってね。

はじめまして!東北でラノベ作家やってるおっさんです。ロボットアニメ等を中心に、ゆるーく楽しくヲタ活してます。よろしくお願いしますね~