私とサッカー0421

コンバンワ。

あ、もう朝ですね。


昨日は朝から親とお話をし(これは後日書く)

マクドで熱く語って、大阪ダービーこと、

ガンバ大阪vsセレッソ大阪のあついあつい試合をみにいきました。

その感想を書きたいと思っていたんですが、

あまりにも深く考えすぎたので、私とサッカーとの馴れ初めを書いていこうと思います。


靴じゃなくてゴメンなさい。

実はサッカーにもちょっと携わってます。



チケット手配してくれたのは長居でビールの売り子をしてた時の常連さん。

本当にありがとうございます!いつもいつもお世話になってます!


はい、本題に行く前に

今日の試合は吹田スタジアムを人、人、人で埋め尽くす

35432人?くらいの人が足を運んで11人対11人のサッカーをみにくるわけです。単純にすごい。3万5000人ですよ?なんという集客力。

地理めっちゃ苦手やけど、人口で調べたら普通にすごくね?



大阪には2つの大きなサッカークラブがあります。

セレッソ大阪ガンバ大阪

今日はその2チームの試合でした。


結論から言います。

感動した。


サポーターで埋め尽くされた会場を見て

応援の力ってすごいなって。


その中で

どこか、自分が応援されてるような気がした。



私がサッカーに携わり始めたのは高校1年生の時

先輩に「マネージャーせん?」って言われて

ノリで「する」って言ったのがはじまり。


はじめて見たものの、ルール全く知らないし大変だった。

オフサイドって横にパスすることだと思ってたくらいのサッカー音痴だった。なんでコーナーキックになるのかもわかんなかった(笑)とゆうかまじでミーハーだった(笑)


でもある時、なんかめっちゃサッカーを知りたい!

というか、せめて部員と同じ会話がしたい!って思って

BOOK OFF でサッカーのルールの本めっちゃ買って勉強した。


オフサイドを理解できた瞬間は

サッカーの見方が180度変わった。笑


そっから部員のみんなのコンディションや練習もしっかり考えるようになった。勝ちたいって心から思った。勝つためにはどうしたらいいかって常に考えるようになった。

サッカー部が本当に好きになった。



その時

あの事件は起きた。



当時高校2年生の夏くらいだったかな

先輩が引退して、2年が引っ張っていこうっていうとき

1年生と2年生の部員の中で対立が起きた。


確かに1年生は2年生と比べてうまくて

いい意味でめっちゃわがままですごく仲良くて

そこで小さなコミュニティができていた



2年はそれにブチ切れて

練習わ来ないわ

その喧嘩?期間中の練習試合をストライキをするまでに至った

前日にキャプテンや同期の部員みんなが決めたことらしかった。

当時13人くらいいた同期がみんな辞めるとも言った。



練習試合当日、私はそんな同期を裏切った。


当時、1年生のマネージャーがいなかったから

大変だろうなって、ただただ心配で。

集合時間には行かなかったけど、

試合が始まるちょっと前に顔を出した。

私を見つけた1年生のちょっと安心してくれた顔は


今でも忘れられない。



試合はぼろ負けだった。

悔しかった。本当に悔しかった。


試合が終わってから、

1年生と部室で真っ暗になるまで(監督が先に帰ってしまうレベル)


じっくり話した。

1年生はみんな泣きながら反省してた。

泣きながら「先輩たちとサッカーがしたいからやめて欲しくない」って

言ってくれて私も泣いた。


翌日、2年生と1年生を集めて伝えた。

1年生が並んで謝った。

でも結果は残念ながら

2年生の大半が退部届を出してしまった


悔しかった。

何もできなかった自分が一番悔しかった。

みんなからサッカーを奪ってしまった。

考えすぎて心労で目の前真っ暗になってぶっ倒れた。


監督にも「ごめんな」ってゆわれた。



泣いてばっかりだったけど、もう残った奇跡的な数人と頑張るしかないって切り替えた。切り替えるしかなかった。


ただでさえ超がつくほどの弱小チーム。

毎日練習しても、練習試合でいつも負けてた。

そんなこんなで時間があっという間に過ぎて

引退試合を目の前にした3月末で監督が変わることを知った。


正直、嫌いだったし嬉しかった。(ごめん)



引退試合くらいはいろんな人に支えられて

1回くらいは勝って終わりたかった。


応援来てほしい。ただそれだけ

なんやかんや色々あった2年ちょっと。

引退のホイッスルは、なるべく聴きたくないもの。

でも、いつかそれを迎えるなら、

強豪校みたいにいーーーーーっぱいの応援って憧れてた。


そして、それよりも感謝したい人たちがいた。

その人たちを呼びたいって思った。


それは大好きな部員の家族

「ありがとう」ってただただ伝えたくて

でもどうしたら伝わるかわかんなくて

部員にプレゼントがあるからって住所聞いた(ごめん)


そして、一人一人に手紙と保護者宛の手紙を入れて

〇〇の保護者の皆様へ

ってゆう宛名で手紙を送った(みんなごめん)


思いついたのが初戦の2週間前切ったところだったから

その手紙を持ってキャプテンのご両親が試合に来てくれて

声かけてくれた。めっちゃ嬉しかった。




引退試合は初戦で中堅校?に0-8で大敗。

※サッカーです。


まぁ、監督変わって2週間でさよなら。

さすがに見に来てくれた前の監督のとこに泣きに行きましたね。

青春でした。笑


「ありがとう」って伝えたい

こっちが伝えたくて送りつけた手紙を見て

「2年間、マネージャーお疲れ様、ありがとう」って

逆にめっちゃ感謝された。

当時は意味がわかんなかった。何もできてなかったのにお礼を言うのはこっちのセリフなのにって


泣いた。


嬉しかったんだと思う。

今までそんな言葉かけてもらったことなかったから

最高に嬉しかったんだと思う。



そしてサッカーカメラマンになった

いやいや展開おかしい。わら



でも、引退試合でたまたまクラスメイトの写真部の子が

写真を一眼カメラで撮ってくれた。


今まで応援すらなくて、カメラで撮ってもらったことなんて

全くなかったからか、超嬉しかった。

一枚一枚のその大好きな部員が映る写真めっちゃ宝物。

足だけの写真でも、誰かってわかるもんね。


写真を撮ってもらったのがめっちゃ嬉しくて

私も撮りたい!って思って家のポンコツデジカメを持って

たまたま好きになった大学サッカーを撮りに行って

ポンコツ写真を載せてたら、記者さんと仲良くなって

なぜか、写真を現場で撮ってみないかとのお誘い。


「やる」以外の選択肢はなかったです。


カメラなんて持ってないからダメ元で写真部の友達に貸して!ってゆうたら

借りれた。笑

ありがとう!


そして、初めて触る一眼と共にゴール横へ

そしてそこでカメラデビューを果たした。


そこからなぜかカメラにはまっていく。笑


いつのまにかカメラマン×マネージャーになってた

たまたま大学の先輩がビーチサッカーの選手をしていて、

ご紹介で、全国大会を撮影させていただいた。

たくさん撮ったので、先輩経由で写真を共有したら、監督さんから

なんと!

チームでカメラマンしないか?って誘ってくれた。


めっちゃ嬉しかった。


今はカメラに加えてマネージャーとしても携わってます。




話それてしまったので変えます

まず、入場するのにも大変だったんですが、

何よりも感動したのが


スポーツのコミュニティ力

その時その時の感覚を忘れたくなくてツイートしてたんやけど


こんなところにも最近話題のコミュニティが存在していて、

それがかなり大きくなって可視化されてるんかなって思った。


そして、ツイートにも書いたように、

夢のある仕事ってスポーツだけじゃないんだけど

スポーツ、サッカーの選手ってめっちゃ素敵な仕事だなって

これからもそうあってほしいなって思いました。


応援する人と応援される人

それが一番わかりやすいスポーツ。

これからの未来に、もっと応援することが増えていけばいいなって感じます。


応援しあえるのがスポーツのいいところ。

そして、携わって行く上で、もっと応援してもらえるように

たくさん感じて、盛り上げていきたい。

そう決意したので、今日、ビーチサッカー関西リーグ開幕戦。

勝ちに行きます。今年こそ1番取り戻したい。

応援してくれる人が、感動するような

そんなのを考えて実行して行きます。


でも一人じゃできないから

みんなで。





きっと、高校サッカー部の引退したあの瞬間から

足りない何かを求めて動いてた。

勝ちたいってゆう気持ちはずっと変わらず。

あの勝った時の快感をまだこれからも

一番近くで感じれるように。


できることは少ないかもしれないけど

できそうなことは全力でやってみる。

できなさそうなこともやってみる。




応援、宜しくお願い致します!!!!!!!!!!






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