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雨の日の記憶

その昔。

前の仕事を辞めてからしばらく、いわゆる「プーたろう」生活をしていた時期がある。

何だかいろんな事に疲れてしまって、とにかく一旦休もう、と退職した。
辞めた当初は、朝何時まで眠っていてもいいし、いつご飯を食べてもいい、夜更かしだってし放題。誰に気を遣うことも無く、いつ何をやっててもOK、という夢のような生活が始まった嬉しさで、したいように好きなように暮らした。ひとつひとつの家事を楽しんで、何をするにも手間を惜しまず丁寧に時間をかけて(なにせ時間かけ放題!)糠漬けや梅酒造りにも挑戦した。
コーヒー豆を挽くミルさえも電動のものから手で回すものに変え・・・何もそこまでしなくてもと今なら突っ込みたくなるが、当時はそれをやってみたかったのだ。

梅雨になると、一日中雨という日も多い。
そんな日は、何もせずどこにも出かけず、ただただ本を読む。雨の音を聴きながらの読書はまさに至福の時で、あぁ、この時間のために私は仕事を辞めたのかも!と思ったものだ。

雨音を聴きながら目を閉じてみる。当時の部屋のディティールと、積まれた本と、コーヒーとドーナツ。私の幸せな記憶。

なぜだろう?雨の日の読書のお供はコーヒーとドーナツ。当時からそれが私の定番だった。今でも、雨が降ると家に閉じこもりたくなる。そしてゆっくりコーヒーを淹れ、買ってあったドーナツ片手に読書三昧したくなるのだ。

結局そんな生活が長く続けられるはずはなく・・・私の幸せなプー太郎生活は約1年ほどでピリオドを打った。無収入ということは、家賃も生活費もそれまでの貯金で賄うということで、みるみる減っていく残高を見て見ぬふりもできず、やれやれと職探しに出たのだった。

今なら、ネットという当たり前の環境のおかげで、それこそ家でできる仕事を探したりもできるかもしれないが、なにせ20年ほど前のこと。PCは持っていたがダイヤルアップ接続の時代。TwitterもInstagramも無く、家では電子メールとたまにネットサーフィンで時間をつぶすくらいの使い方しか当時の私は知らなかった。

珍しく子どものいない休日。聞こえる雨音とコーヒーの香りに、ふと昔を思い出す。

そうだ、ドーナツを買っておこう。今度の雨の休日、息子とドーナツ片手にそれぞれ読書にいそしもう。忙しさにかまけて忘れていた私の至福の時。。。なかなか読書に没頭する時間が取れない息子も、そんな提案なら乗ってくるかもしれない。

そして大人になった彼が、こんな雨の日にふとその日の事を雨の日の幸せな記憶として思い出してくれたら…そんな嬉しい事はない。たとえそれがドーナツにつられての事だったとしても、ね。


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