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第194号 「超然と座り続ける男!」

仏教徒97%と言われる、信仰の厚い仏教国で、ある男に出会った。
用事を片付ける為、雑踏の中を目的地に向かって歩いている時、その男に出会った。
横断歩道橋の柱の陰に、その男は座っていた。
私の目に入った瞬間、私は動けなかった。只、じっと凝視した。
どれくらい時間が経ったのだろう。気が付くと、私の目から静かに涙がこぼれていた。

 元々、肌の色が黒いのか、垢にまみれて黒いのか分からない。
着ているシャツは、何重にも垢がこびりついていて元の色が何色だったか定かではない。
髪は伸び放題の縮れ毛を無造作に束ねて後ろで縛ってある。
ズボンの裾は、擦り切れ破れてぶら下がっている。足は、真っ黒の裸足。
身に付けているもの全てが、みすぼらしいを通り越して、酷い。

 しかし、前方の一点を見据えている目は峻厳なものを放っている。
周りの喧噪をよそに、一点を見据え超然と座っている。
自分を守り証明するものは、何一つ身に付けていない。
しかし、超然と座り続ける姿に心が釘付けになり動けなかった。
誇れるものは何一つ身に付けてはいないが、超然とした心を誇っている気がした。

 立ち去り難い心にムチ打って用事を片付ける為、そこを一旦離れた。
用事を片付けて1時間半程経った後で、再度、そこに行ってみた。
男は、1時間半前と同じように微動だにすることなく、そこに超然と座っていた。
痩せこけ、まともなものは食べていないようだ。
そう思った瞬間、ポケットに手を突っ込んだ。お金を差し出そうと思ったからだ。
でも、渡せなかった。その男の尊厳を汚すような気がしたからだ。
享楽の喧噪の中、自己の尊厳を手放し、遊び浮かれる人達の中に紛れ込みながら、何か大切なも
のに気付かされたような気がして心が震えた。そして、その場からそっと離れた。

 身だしなみには気を付け、オンボロ車ではなく高級車に乗り、立派な家に住み、一定のステー
タスを誇示することが、一つの成功であり幸せだと思っている私達。しかし、身だしなみは立派
にしていても、一定のステータスを誇示していても、卑しい人間はうようよいる。
あの男に出会って以来、自分の中にある弱さや卑しさに出会う度に、私の心が震えます。
ステータスもへったくれもない酷い身なりで、卑しいオーラを出すことなく、自分は自分これで
いいと超然と座り続ける男が、あの日以来、私の心の奥に超然と居座っているからです。

平成28年 3月