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Amazonで購入したモバイルバッテリーが発火して居宅が火災にあった場合の損害賠償責任

東京地判令和4.4.15裁判所Web
https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail4?id=91198

1.事案の概要

 Amazon(Y)が運営する電子商取引サイトにおいて、Xが、充電式モバイルバッテリー(以下「本件バッテリー」という。)を購入した。Amazonのサイトの本件バッテリーの販売用ページには、販売者は「AUKEY JAPAN(メーカー直営店)」と表記されていた。
 その後、Xのもとで本件バッテリーの内部の電極版の短絡を原因とする火災が発生、Xの居宅の一部が焼損し、多数の家財に損傷が生じた。
 Xは、火災保険金として737万円余りの支払いを受け、販売者であるAUKEY JAPANの親会社から和解金184万円余りの支払いを受けたが、その余に損害200万円が発生しているとして、Yに対し、①Amazonのサイトの利用を目的とする契約に基づく債務の不履行(出店・出品審査義務、保険・補償制度構築義務の違反)に基づき、損害の一部として30万円およびこれに対する遅延損害金の支払いを、②不法行為に基づき、慰謝料30万円およびこれに対する遅延損害金の支払いを、③Yが商法14条または会社法9条の類推適用によりAUKEY JAPANと連帯して債務不履行責任を負うとして、同責任に基づき、①の請求と同内容の支払いを求めた。*

*原告の本件訴訟についてのコメントがある。
https://note.com/naonori_kato/n/ndfc27d578a92

2.判決要旨

 判決は、以下のとおり、Xの請求には理由がないとして、棄却するものである。
(1) 出店・出品審査義務違反について
 Xは、Yが、Amazonのウェブサイトにおける取引から利益を得ていることなどから、同取引から生ずる危険も負担すべきであり、消費者が安心、安全に取引できるシステムを構築する信義則上の義務を負うとした上、当該義務の中には出店・出品審査義務が含まれると主張したが、Yがそのような審査を可能な限り講ずることが望ましいという指摘を超えるものとは認め難いこと、本件バッテリーについては、結局、Xは、出品者であるAUKEYとの間で本件和解を成立させることができていることをも考慮すれば、Xの主張は採用することができない。
(2) 保険・補償制度構築義務違反について
Xは、Yが負うべき消費者が安心、安全に取引できるシステムを構築する義務の具体的内容として、保険・補償制度構築義務も主張したが、Yの義務と主張する保険・補償制度の具体的内容が何ら明らかではない上、Xは、結局、本件バッテリーの出品者であるAUKEYとの間で本件和解を成立させることができていることをも考慮すれば、Xの主張は、採用することができない。
(3) 不法行為責任について
 Xは、Yは、Amazonのウェブサイトにおける出品者の本件特商法表示に関し、消費者が問合せ可能な適切な表示を維持・把握する体制を構築する義務を負う旨主張する。 しかし、本件バッテリーについては、出品者への連絡先として電話番号が記載され、それとは別に、連絡用のフォームも用意されていて、現に、Xは、上記フォームを利用してAUKEYらと連絡を取り、本件和解を成立させているのである。この過程で、本件バッテリーに係る本件特商法表示として記載された電話番号に電話を架けたが誰も出なかったとしても、そのことから当然に、本件バッテリーの出品者について本件特商法表示の不備があるということにはならず、まして、Yについて、上記本件特商法表示に関する義務違反があると認めることはできない。AUKEY等の対応の遅れがあったとして、その責任をYに負わせるべき根拠は認め難い。
(4) 商法14条または会社法9条の類推適用による責任の有無について
 Xは、本件売買契約の時点で、本件バッテリーの販売者はYであると誤認していたとし、それを前提に、商法14条または会社法9条の類推適用により、YがAUKEYと連帯して本件売買契約上の債務不履行責任を負うと主張するが、そもそも、Xが、本件売買契約の時点で、本件バッテリーの販売者をYと誤認していたことを認めるに足りる証拠がない。かえって、本件火災後のXの対応を考慮すれば、Xは、上記販売者がAUKEYであることを当初から認識していたことがうかがえるというべきである。したがって、Xの主張は失当というべきである。

3.本判決のチェックポイント

(1) オンラインモールの運営事業者に対する法規制(概要)

 「Amazon.co.jp」、「楽天市場」、「Yahoo!ショッピング」は、それぞれアマゾンジャパン合同会社、楽天グループ株式会社、ヤフー株式会社が提供する物販総合オンラインモールである。これらの運営会社は、「特定デジタルプラットフォームの透明性及び公正性の向上に関する法律」(2021年2月1日施行)において、「特定デジタルプラットフォーム提供者」として政令指定され、同法の規律対象になっている。
 ここで、「デジタルプラットフォーム」は、①情報の表示によって異なる利用者グループをつなぐ「場」であること(多面市場)、②コンピュータを用いた情報処理によって構築され、インターネット等を通じて提供されること(オンライン性)、③利用者の増加に伴い他の利用者にとっての効用が高まるという関係を利用していること(ネットワーク効果)によって特徴づけられている(同法2条1項)。
 デジタルプラットフォームのうち、契約の申込みの「場」となる機能、また、いわゆる「オークションサイト」となる機能を有するものは、「取引デジタルプラットフォーム」とされ、「取引デジタルプラットフォームを利用する消費者の利益の保護に関する法律」(2022年5月1日施行)が適用される。同法は、取引デジタルプラットフォーム提供者による消費者の利益の保護に資する自主的な取組みの促進、内閣総理大臣による取引デジタルプラットフォームの利用の停止等に係る要請および消費者による販売業者等情報の開示の請求に係る措置等により、取引デジタルプラットフォームを利用して行われる通信販売に係る取引の適正化および紛争の解決の促進に関し取引デジタルプラットフォーム提供者の協力を確保し、もって消費者の利益を保護することを目的とするものである。
 デジタルプラットフォームに係る法的問題に関する学会・実務界での検討は、近時、おびただしいものがあり(最近の消費者法の教科書でまとまった記述があるものとして、中田邦博・鹿野菜穂子編『基本講義消費者法[第5版]』328頁以下参照)、本件訴訟で争点になったプラットフォーム提供者の民事責任の問題もそのひとつであるが、はっきりとした方向付けが示されているわけではない。

令和3年消費者白書による

(2) プラットフォーム提供者の民事責任

 著名な先例として、インターネットのオークションサイトの落札者が出品者に騙されて商品が届かないのに代金を支払ったことに対し、当該サイトの運営事業者に損害賠償責任を追求した名古屋地判平成20.3.28判時2029号89頁がある。代金を払った利用者が原告になり、本件利用契約は信義則上、利用者に対して欠陥のないシステムを構築してサービスを提供すべき義務を負っているとして、暇疵のあるシステムを提供し続けたことが、不法行為に当たると主張したが、本件システムに暇疵があったとは認められず、原告の主張は採用されなかった。本判決もこれを踏襲するものである。
 なお、電子商取引等に係る市場の予見可能性を高める観点から、民法等の解釈を整理したガイドラインである「電子商取引及び情報材取引等に関する準則」が経済産業省から公表されているが、その2022年版では、以下の記述がある。

 ①店舗による営業をモール運営者自身による営業とモール利用者が誤って判断するのもやむを得ない外観が存在し(外観の存在)、②その外観が存在することについてモール運営者に責任があり(帰責事由)、③モール利用者が重大な過失なしに営業主を誤って判断して取引をした(相手方の善意無重過失)場合には、商法第14条又は会社法第9条(以下「商法第14条等」という。)の類推適用によりモール運営者が責任を負う場合もあり得る。

PDF版92頁

 本判決でも、この点に関する判断はあるが、モール運営者(プラットフォーム提供者)の責任は認められていない。

(3) 本判決の評価と今後の展望

 本件訴訟では、取引デジタルプラットフォーム提供者の信義則上の義務として、出店・出品審査義務や保険・補償制度構築義務等が主張されたが、結論として認められていない。あくまで、取引デジタルプラットフォーム提供者は、「取引機会」、「場」の提供者に過ぎないことがディフォルトルールとして意識されたものと思われるが、取引デジタルプラットフォーム提供者のビジネスモデルを反映した法的評価*がされたと言えるかについては疑問である。

 * この問題を検討するものとして、千葉恵美子「デジタルプラットフォームビジネス間展開と民事法からのアプローチ」法律時報93巻12号104頁以下参照。

 この問題について、よく参照にされるものに、ELJ(ヨーロッパ法協会)の「オンラインプラットフォームに関するモデル準則」がある。
 同準則20条1項によれば、「プラットフォーム提供者が供給者に対して支配的な影響力を有していると信頼することについて合理的な理由のある顧客は、供給者と顧客との間の契約に基づいて供給者に対して行使し得る権利及び救済手段をプラットフォーム提供者に対しても行使することができる」とされ、合理的理由の判断は、「①供給者と顧客との間の契約がもっぱらプラットフォーム上で提供されている機能を介して締結されている。②プラットフォーム提供者が、供給者と顧客との間の契約が締結されるまで、供給者の本人確認情報または契約内容の詳細を提供しない。③プラットフォーム提供者が顧客による供給者への支払いの留保をプラットフォーム提供者に可能にする決済システムを運用している。④供給者と顧客との間の契約条件が基本的にプラットフォーム提供者により決定されている。⑤顧客が支払わなければならない代金がプラットフォーム提供者により決定されている。⑥マーケティングが供給者ではなくプラットフォーム提供者を重視している。⑦プラットフォーム提供者が、供給者の行動を監視し、かつ法令の定めを超える自身の基準の遵守を徹底させることを約している」等によるものとされている(準則20条2項)。
 本判決のような事件に、この考え方を適用すると、異なる結果になると思われるが、これは、取引デジタルプラットフォーム提供者のビジネスモデルを反映した問題解決としてより適切な方向性を示すものではなかろうか。