【超短編小説】やり直すことができるなら

 もし、やり直すことができるなら…そんな夢みたいなことを考えてしまう。

 6年前の8月13日、俺の地元で大規模な火山噴火が起こった。当時大学4年生だった俺は、実家から電車で2時間くらいのところで一人暮らしをしていた。実家の近くに火山があることは知っていたが、もう何十年も噴火していなかったし、まさかこんなことになるとは思ってもいなかった。噴火が落ち着いて規制が解除された後、ボランティアとして俺は実家に向かった。実家は瓦礫の下敷きになっており、両親は死体で見つかった。
 もし、あの噴火が起こる前に戻れるなら…そんなことを今でも考えてしまう。


 今年の8月13日。俺は妻の明里と3歳の息子の健太と一緒に、きゅうりで馬を作っていた。
「たべものであそんでいいの…?」
と健太が言ってきたので、思わず笑ってしまった。
「これは遊びじゃなくて、お爺ちゃんとお婆ちゃんが来てくれますようにっていう願いを込めて作るものなんだよ。」
「ふーん…。」
全然納得してない表情だったが、まあ、いつかわかってくれる時が来るだろう。

 その日の深夜。ふと何者かの気配を感じた。パッと目を開けると、大きなきゅうりの馬に乗った、怪しげな青年がこちらを見つめていた。
「うわっ!?」
と思わず叫ぶと。青年はニヤリと微笑んだ。
「おめでとうございます。あなたは、時間旅行に当選しました。」
「は?」
「時間旅行に行く権利をあなたに与えます。」
「何言ってるんですか?警察、警察呼びますよ!」
「まあまあ、落ち着いてください。」
落ち着けるわけがない。明里と健太は無事か?隣に目をやると、二人とも眠っていた。というか、全く動いていない…息もしていない…?
「…おい!大丈夫か!?」
「起こしても無駄ですよ。」
「は?」
汗が背中から噴き出てくる。まさか、殺されたのか…⁉︎
「今、時間止めてますから。」
「え?」
「時計を見てください。」
枕元の目覚まし時計に目をやると、夜中の1時ちょうど…そして、時計の針は、完全に静止していた。
「え…?」
「わかりましたか?時の流れを止めてるんですよ。」
もう、色々なことが起こり過ぎて脳がパニックだ。変な夢でも見ているのだろうか…。
「まあ、いいから落ち着いてください。」
「あなたは誰なんですか?」
「私は、神様の使いのものです。毎年、神様のちょっとした娯楽で、8月13日に、世界で一人だけ、抽選で時間旅行に行かせてあげてるんですよ。」
「え、なんですか?ドッキリとかですか?」
「あーもう、そういうリアクションやめてもらっていいですか?普通に現実ですから。」
「いや、そう言われましても。」
「もういいから。とりあえず聞いて。毎年おんなじ様なくだりをやらされてるこっちの身にもなってくださいよ。」
「いや、急に家にきゅうりの馬に乗った変な人が入ってきて、時間旅行に当選したとか言われてるこっちの身にもなってくれよ…!」
「それはまあ……すみません。まあ、とりあえず聞いてください。あなたには、好きな時間に戻ってやり直すことができる権利を与えます。」
「…。」
やはり意味がわからない。
「現在の記憶を持った状態で、過去に戻ることができるんです。夢のような権利をあなたは手にしたんですよ。」
「…。」
そんなことできるはずがない。
「どうします?過去に戻りますか?」
だがもし、本当に戻ることができるなら…。
「え、あ、はい……。戻りたいです。」
気づくと、そう口に出していた。もちろん半信半疑ではあったが…。もし本当に戻れるならば、6年前の8月13日…いや、その1ヶ月前の7月13日に戻りたい。そして、両親を…両親だけではない…たくさんの人の命を救うのだ。
「わかりました。では、正式な手続きを行いますね。」
そう言って、青年は紙とペンを鞄から取り出した。過去に戻れるなんて夢のようなことだ。だが、一つだけ問題がある。それは、妻のことだ。俺と妻は、復興活動のボランティアで出会った。つまり、俺が多くの人を救い、被害が小さくなるということは、俺と妻が出会う確率も低くなるということだ。もしかしたら、二度と妻と会うことはできないかも知れない…。いや、でも俺は、妻の実家の場所も、当時の妻のバイト先も、好みも、癖も、色々知ってるのだ。可能性は十分にあるはずだ。俺は、契約書を確認し、名前を記入した。
「では、過去への扉が開きます。」
そう言って青年が指をパチンと鳴らすと、目の前に扉が姿を現し、ゴゴゴゴゴゴゴと音を立てて開いた。本当に、過去に戻れるのか…!俺が恐る恐る扉に向かって歩こうとすると、青年が「あ、」と小さな声を上げた。
「もし仮にあなたが『自分は未来から来た』と誰かにバラしてしまったら、完全に元の世界…つまり、現時点に戻ってきてしまうので、お気をつけて。その場合、時間旅行自体も、完全に無かったことになります。」
「え?過去に戻って何かを成し遂げても、未来から来たことがバレたら、何もやってないのと同じになるってことですか?」
「そういうことです。」
「なるほど…。」
「まあ、バラさなきゃ大丈夫なんで。」
「はい…。」
多少の不安を抱えながら、俺は扉へと飛び込んだ。

 目を覚ますと、本当に6年前の7月13日の朝だった。ここからの出来事は、大まかに記すことにしよう。

 俺はすぐに気象庁に「火山の様子がおかしい。」と連絡。もっと大変な思いをするかと思いきや、日本の気象庁は想像していたよりも優秀で、連絡した一週間後には、火山近くの住民に避難指示を出した。
 8月12日に俺は火山周辺を車で巡り、「今すぐ避難して下さい!」と呼びかけを行った。そして、8月13日…噴火当日を迎えた。その日の夕方のニュースで、大きな噴火が起こったことと、被害者は今のところ確認されていないということを報じていた。俺は…全員の命を救うことに成功したのだ。避難所のテレビの前で俺は一人ガッツポーズをした。その後、瓦礫撤去のボランティア活動中に奇跡的に妻と再会し、大学卒業後に結婚。自分でも信じられないくらい、順調に事が運んだ。

 そして俺と妻の間に、新しい命が宿った。子供の名前は、もちろん「健太」だ。我が子の顔を初めて見た時、俺は気がつくと、膝から崩れ落ちていた。
「健太じゃない…。」
何度見ても、健太じゃない…健太の顔じゃない。人の命というのは、途方もない確率をくぐり抜けて生まれるものだ。7兆分の1の確率だとか…どこかで聞いた気がする…。だから、俺と妻の間に生まれる子供が、かつての健太と同じはずが無い。これは当然の結果なのだ。だが、その「結果」を突きつけられ、俺は絶望してしまった。
「すみません。」とだけ言い残し、なんとか立ち上がって病室を出て、椅子に座り込んだ。
「沢山の人の命を俺は救ったんだ。多少の犠牲は…仕方ないじゃ無いか…。」俺はひたすら自分に言い聞かせた。でも、言い聞かせれば言い聞かせるほど、かつての健太の笑顔が瞼の裏に浮かんだ。

 次の日、俺は実家に向かった。
「無事に産まれてよかったね。」と満面の笑みを浮かべる母を見て、俺は涙を流した。
「母さん…。ごめん。」
「え、どうしたの?」
両親は、心配そうに俺を見つめる。
「ごめん。二人とも…ごめんなさい。俺やっぱ、ダメだ…。ごめん。」
「どうしたの?何があったの?」
健太だけでは無い。俺のせいで、「産まれるはずだった命」が、いくつも失われたことに気づいてしまった。もちろん、俺のお陰で救われた命も沢山ある。だが…俺は…。
「俺は……元の道を進むことにする…。父さん、母さん…本当に…ごめん。」
「え?」
「二人の元に産まれることができて、俺は…俺は幸せ者だよ。」
そう言って、俺はひたすら泣いた。
「急にどうしたのよ。」そう言いながら、なぜか母も涙を流していた。
「俺は、未来から来たんだ。」
母の目を見て、俺はハッキリと口にした。


 目を覚ますと、いつもの朝だった。きっと俺は夢でも見ていたのだろう。「過去に戻ってやり直す」なんて、出来るはずがないのだから…窓際に目をやると、昨日作ったきゅうりの馬が飾られていた。

「もし、やり直すことができるなら…」
そんなことを考えるのは、夢の中だけで十分だ。隣で寝ていた健太が目を覚まし、俺にニコリと微笑みかけた。

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