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【間宮ひまりSS-12】 独白


ひまりは世界一幸せな少女でした。

大好きなバスケができて、大好きな友達に囲まれて、大好きな姉が傍にいる。
ひまりはこれ以上ないくらい幸せでした。

ある日、ひまりの姉は遠く離れた地で一人暮らしをすると言いました。
行きたい大学へ行くため、と。

「永遠の別れって訳じゃないもの、またすぐに会いに来るわ」
姉は笑顔でひまりを抱き締めます。
ひまりはとても寂しかったけれど、姉がやりたいことなら、と笑顔で送り出しました。

姉が一人暮らしを始めて、初めての夏を迎えました。
夏にはまた帰ってくるね、と言った姉をひまりは今か今かと待ちます。

しかし、約束の時間になっても来ることはおろか、連絡すらも来ません。
0時を越える間際、もう今日は来ないのかと落胆していた時、プルルルルと電話の音が響きました。

「お姉ちゃんだ!」

ひまりは急いで電話を取ります。

「お姉ちゃん遅いよ!遅くなるならもっと早く連絡して───」
「もしもし、箱猫警察です。こちら間宮さんのお宅でお間違いないでしょうか」

聞こえたのは、見知らぬ男性の声。

嫌な汗がひまりの肌を伝います。

「は、はい」

声を絞り出して、返事をします。

「大変申し上げにくいことなのですが───」

この先を聞いてはいけない。
心がうるさいくらいに警鐘を鳴らします。

けれども、受話器を離すことは許されず。

「───間宮月海さんと思われる死体が、発見されました」

ある夏の夜に、ひまりの幸せは音を立てて崩れ落ちました。

​───────

悪い、夢を見た。
夢だったらどれほど良かったか。

じっとりと嫌な汗が肌に張り付く。
これは夏の暑すぎる気温のせいか、それとも変な時間に寝てしまったせいか。

ふとカレンダーを見る。もうすぐ迫るあの日を想う。
大切な、大切な世界でただ1人の姉を、喪った日。
日付を意識する度、焦燥感に駆られる。
早く見つけなくては。早く見つけて、復讐してやらなければ。

あの日抱いた激情の炎は鎮火することを知らないまま、煌々と燃え盛る。

ここにいる全てはひまりの復讐の為にある。

慣れた手付きで唇に紅を引き、髪をくるくると巻く。
目元に深い青のコンタクトを入れ、ひまりを覆い隠す。
鏡の前に立つのは“月海”だ。

小さなハンドバッグにシンプルなスマホと財布を入れて家を出る。

カラフル可愛いデザイナーズマンションは中に住む人も個性的な人が多い。
少し顔が見えないように帽子を被ったりしておけば、周囲に溶け込むことは容易い。
割に大きく、オートロックで防犯も意識されたこのマンションはひまりと“月海”を切り離してくれる。

背筋を伸ばし、“月海”として歩く。
周囲がつい振り返ってしまうくらい魅力的な女性として。

商店街の脇道を通り、繁華街へと向かう。
煌びやかな街並みの中を、負けないくらいの輝きを背負うように歩く。

「お疲れ様です!」

“月海”は、輝くように微笑んだ。

​───────

警察は無能だ。
お姉ちゃんが亡くなってから、かなり時間が経ったのに犯人の手掛かりひとつ見つけることが出来ていない。

大人は頼りない。
警察を信じて待ちましょう?大丈夫、きっと捕まえてくれるよ。なんて無責任なことばかり言う。

男は信用ならない。
犯人が分からない以上皆容疑者だ。
大事なお姉ちゃんを、性欲の捌け口にして都合が悪くなったから殺したような奴。
皆が皆そうではないのは頭では理解できる。
けれども心が嫌悪感を露わにしている。

そんな嫌悪感を抱きながら、“月海”は男性が多く利用する店で働いている。

「月海ちゃん今日も大人気ですねー!ちょっとくらい休んだっていいんですよ?」
「ふふ、ありがとう、セイラちゃん。でも私と話したいって言ってくれる人がいるもの、それだけで疲れなんて吹き飛んじゃうよ」
「月海ちゃんは口が上手いな〜!」

同僚と話しながら、店の客に微笑みを向ける。

「お客さん、このお酒今日入ったばっかりなんだけど飲んでみませんか?」
「月海ちゃんに勧められたら断る選択肢なんてないよ!」
「ふふ、ありがとう、私も貰ってもいいですか?」
「もちろんもちろん!じゃんじゃん飲んじゃって!」

笑顔を振り撒き愛想を振り撒く。
ボトルを入れて貰って店での個人の売上を上げる。
そうしてこの夜の街で、“月海”として名を馳せる。

わざわざこんな事をしている理由。
これも全部、犯人を見つけるため。

犯人は性欲に脳を支配されたクズ。
そいつを見つけるためにはどうすればいいのか、ひまりは考えた。
その手段のひとつが、これだった。
見つける為にそういった性欲の対象になる。
逆に“月海”を見つけさせる。
その為に、ひまりは月海として夜の街へ足を踏み入れた。
姉の瞳の色のカラコンをつけて、姉のようなメイクを施し、姉に似た柔らかな所作を意識して、それでいて夜の街で目立てるように振る舞う。

相手がそんな“月海”のことを見つけたら、無視出来ないはず。
殺したはずの相手が生きてるなんて、不可解すぎるし確かめずにはいられない。
目の前にしたら、何らかの反応をしてしまうのは明らかだろう。

夜の街で目立つことは、想像以上に上手くいった。
隠れた才能だったのか、高級店のキャバクラからも引き抜きの声が掛かるくらいに夜の街で“月海”は名を馳せた。

しかし、犯人探しの方はそれに反して難航していた。
まだ箱猫に来て数ヶ月しか経っていないからというのも理由のひとつかもしれないけれども、ひまりは元来あまり我慢強い方ではない。
同時に新聞で情報収集をしてみたり、見よう見まねでプロファイリングをしてみたりしたが成果は芳しくない。

時が過ぎると共に、焦りが身を焦がす。

​───────

閉店時間まで変わらず笑顔を振り撒く。
セイラはそのまま担当のホストの所に行く、と仕事が終わるや否や去っていく。
ひまりは万一のことのないように地味な服装に着替え、自分と“月海”をまた切り離す。
後をつけて来る人がいないか注意しながら、家へと帰る。

タッチパネルを操作して扉を開ける。
エレベーターで上の階へ上がり、部屋の扉を開けてひまりはビーズクッションへとダイブした。

うつ伏せになったままスマホを取り出しネットニュースを見る。
しかしめぼしい話は見つからず、そのままスマホを床に投げ出した。

目を閉じ、夢想する。
まるで運命の人のように、焦がれるその人。
顔も知らないその人が、アタシを見て信じられないような顔をするその人を見つけられたなら、どんな心地になるのだろう。

会ったらこう言ってやるんだ。

「ねぇ、殺した相手が目の前にいるってどんな気持ち?」って。

犯人を見つけたら、出来るだけ苦しませてやる。
切り刻んで、ぐちゃぐちゃにして、原型なんて留めてやらない。
それこそ、生まれてきたことを後悔するくらいに。
簡単には殺してやらない。
お姉ちゃんの気持ちを踏みにじった分だけ、ううん、その倍以上にそいつのことを踏みにじってやる。

そこまで考えて、溜息をつく。

これだけ頑張ってるのに、犯人が見つからない現状に。

「(あんまり時間を掛けてたら、もう待てない)」

ここで見つけることができたらどれほど良かっただろう。
けれども、役立たずでも腐っても警察がこんなにかけても手がかりひとつ見つかってない相手だ。
元々素人には難しいことだったのだろう。

「(仕方ない、最終手段かな)」

あんまり気持ちは晴れないだろうけど、背に腹はかえられない。
のうのうとアイツが生きてるのを許すくらいなら、何もかも無くしてやる。

───アタシの迷宮を使って、アイツの存在を否定してみせる。

準備は十全。掲示板という媒体を使わず、黄昏学園から離れた場所を選んだから。
件の魔人の迷宮に喰われるかと肝を冷やしたが、場所が真反対の場所だったから、きっと大丈夫だろう。
後は、実行に移すだけ。

実行するなら姉を喪った日にしよう。
それまでは、このままアイツを探し続けよう。

ひまりは立ち上がり、ベランダへと向かう。
見上げた空に浮かぶ月は、厚い雲に覆い隠されていた。

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