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リキ日記_追加暗視カメラ

ハリネズミの飼育者のことを、世間では、「ハリ飼い」というらしい。私は、その、ハリ飼いの中でも、まだまだ素人である。

我が家のハリネズミの名前は、リキという。

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リキは、人が見ていると、回し車でまわったり、ゆっくり落ち着いてエサを食べたりは、しない。

特に、回し車では、夜、暗いあいだしか、走らない。ハリネズミは夜行性なので、これは、仕方がないことだろうと思っている。

だが、どうしても確認をしたくて、暗視カメラを設置して、ようやく、その姿を確認することがでるようになった。


そして、家内や子供達に、家族LINEを通して、リキの走っている様子を、「今日のリキ走」と称して発信していたのだが、だんだん、珍しくなくなってきて、反応が薄れてきた。

それはそうである。定点カメラなので、アングルが同じで、同じような画像ばかりなのである。子供たちは、リキに、それほどの思い入れは、無い。エサをやったり、ケージの中を掃除したり、元気なのかどうか。あるいは、起きているのか寝ているのかは、それほど、興味がないのである。


心の中の、リトルkojuroが、問いただすように、つぶやいた。

そこに、愛は、あるんかっ!


たぶん、そんなに、責任感は、無いだろうな。きっと。


私と家内は、リキの飼育を任されている。本当は、自然に返してあげたいところだが、もう、それが叶わない。つまり、きちんと愛情を込めて育て、長生きをさせてあげるという、責任と義務があるのだ。愛の前に。

ハリネズミの習性として、人にあまり懐かないとか、偏食をするとかいうことはあるものの、リキは、大人しい。吠えたり、噛み付いたりしない。エサをあげるときは、きちんと、手からエサを食べてくれるし、お腹や背中をマッサージすると、気持ちよさそうにしている。

だから、さっちゃん(注1)と私は、孫のように感じていて、それこそ、目の中に入れていても、痛くないのである。ハリネズミでは、あるが。

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全体を見渡す定点暗視カメラは、巣箱から出て来ないと、リキの様子が分からない。そして、巣箱の中で、リキは、ゴソゴソしていることもあり、いったい、巣箱の中が、どのようになっているのかは、想像するしか手が無かった。

そこで、私は、ちょっと画策をした。つまり、巣箱の中に、もうひとつ、監視カメラを置こうと思い立ったのである。


私が使っている暗視カメラだが、中国製で、中国からはるばる送られてくる。そして、梱包は、とても、怪しい。あまり投資できないので、しばらくは、これで我慢するしかない。

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これで、撮ってみた。

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ちょっとカメラが近すぎて、リキの全体像が撮れない。だが、何も無いよりも、よほどましである。

リキも、最初、カメラの存在に威圧感を抱いているのか、きょろきょろしているのが、わかる。


私が家内のマッサージをしていると聞いて、リキまつわりで、いくつかのアドバイスを頂いた。

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これらのアドバイスに、こう、こたえさせて頂いた。

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家内に、試しに、言ってみた。

マッサージよりも、リキの針を使った針師として、疲れを癒そうか。


すると、大爆笑していた。


恐らく今夜も、ソファーに座っている私の膝に、家内の足が、乗っかってくるはずである。

そして私は、ゆっくり、なぜるように、マッサージをする。


今夜は、長い夜に、なりそうだ。


だが、マッサージをすると、家内は、上機嫌になる。

家内が上機嫌だと、我が家は、明るくて、平和なのである。


だから。


これで、いいのだ。



(注1)我が家の家内の呼称は、「さっちゃん」で、ある。さっちゃんは、女王陛下という、別の呼称もある。だが、リキの関係で、「おばあちゃん」なんて呼び方は、まかり間違っても、しては、ならないのである


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【今日の登場人物】

kesun4さんは、詩や、エッセイを書かれる人である。私は、特に、詩を読ませて頂いている。kesun4さんの詩は、少し、ビターな感じがする。スカッと爽やかには、敢えて表現せず、少し、裏から覗くような表現の詩が多い。だが、これが、ひとつひとつ、気付きにつながるのである。

詩は、余白がなければならない。読み手に委ねるところがなければならないと、私は、勝手に思っているし、どんな詩を読んでも、自分なりの解釈を加えていく読み方をする。その読み方に、まさに、フィットしている。

私は、kesun4さんの詩が、毎日の、自問の種になっているのである。

だが、kesun4さん、365詩を投稿され、これからは、不定期投稿にされるらしい。ほんとうに残念だが、kesun4さんのご決断を応援したいと思う。私は、ゆっくり、ゆるりと、過去記事巡礼をさせて頂こうかと思っている。


kaka.さんは、私の印象、最初の出会いは、この記事である。

きみまるこさんの記事から、飛んで行った。そして、命というテーマで、深い自問の種を頂いた。それは、今でも、私の心の中にある。

kaka.さんは、綺麗な写真を、投稿されている。私は、空の写真が好きなのであるが、空の写真も、よく投稿されていて。そこに、短く、自問の種になる文章を添えられている。

私は、以前、命のテーマの自問の種を頂いたのだが、その種は、常に、大きな命のテーマに繋がっていて、自問を繰り返している。


きみまるこさんは、御子息が、陸上をやられていた。その姿を、親としての暖かい目で見続けてこられた方である。その記事を読み、ここでも、私は、人としての自問の種を頂いた。kaka.さんもそうだが、命という大きなテーマで、自問の種を頂いた気がしている。

沁み入るような文章を書かれる。こうした文章を書かれる方は、私のような軽い身辺雑記を書く身とは違い、じっくりと投稿されている。

きみまるこさんも、自問の種を頂く、心の師匠である。


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