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ランドマーク(9)

 やや傾きかけた陽が、ななめに窓から差し込んでくる。梅雨の時期には珍しい晴れの日が、暮れていく。空がまっ赤に染まって、世界の終わりみたいな夕陽だった。隕石でも落ちてきてさ。ほんとうに、終わっちゃえばいいのに。

 次の日は雨だった。勉強が学生の本分だとしたら、雨を降らせるのが梅雨の本分だ。だからわたしは文句もいわず、雨合羽を着て家をとびだす。

 落雷によってテザーに影響はないんですか。

 それは些細なものです。そもそも塔の周辺には、雷は落ちません。避雷針とおなじように、雷雲との電位差をちいさくするんです。万が一落ちたとしても、塔は宇宙まで届きますから。巨大なアースみたいなもんですよ。だから大丈夫。

 父が参加した講演会でそんな受け答えがあったな、と雷鳴を聞いて思い出した。ということは、わたしの上にも落ちてくるんじゃないの。蒸れたからだが一瞬、ふるえた。

 父は塔の建設における第一人者だった。だからわたしが塔に興味を持つのはあたりまえ。だけど、父がいまどこでなにをしているのか、わたしはもうわからない。それもぜんぶ塔のせいだ。

 塔がくずれたのは、だいたい十年前。くずれたっていっても、ビルの爆破みたいに綺麗なもんじゃなくて、ヒーローに殴られた怪獣みたいに。たぶん大きな音がして、小さな地震がおこった。わたしはそのどちらも覚えてないけど、それから父の顔には仮面が張り付いた。
 この国の伝統芸能に使われてたんだって。能面っていうんだけどさ。あれに似てる。

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