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ランドマーク(110)

 めまぐるしく情景が変化する。目の前が明滅する。コントラストに欠けた世界にも、それぞれの輝きがある。大気で散乱した光は雲を構成する粒子にぶつかり、思い思いの色に変わっていく。わたしの目玉には、どんな色が映っているだろう。真下からただ眺めるだけのわたし。曇り空を目にしては、憂鬱に浸っていたわたし。もうそうは思わない。


 隙間から光が差した。強烈な白。一瞬目がくらみ、再び開けた視界の先には、空があった。美しいモノクロを抜けた先の、透徹した青。そうか。そうだ。どれだけ曇っていたとしても、その先まで行ってしまえば。その先はいつだって、太陽と青色が、わたしを待っている。


 ぶるぶると身体が震えた。眼前の景色に打ちのめされたのではない。いつの間にかコックピットは冷え切っていた。対流圏では、高度の上昇に伴い気温は下がっていく。加えてこの曇り空だ。地表からの熱放射は、その多くが雲を構成する水蒸気により吸収される。外は氷点下だろう。鉄板を隔てたところで、熱伝導率の低下には限界がある。


 でも、これからわたしが向かう先は、こことは比べようがないほど寒い。わたしの身体は運ばれる。この戦闘機と同じように、鉄板で作り上げた、箱の中の荷物として。ようやくこの試験の意味が分かったような気がした。

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