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ランドマーク(99)

 おそらく、ミッションまでの時は近い。だからこそわたしは見知らぬ別の部屋(もしくは施設)へと移送されたのだし、母もおいそれとわたしに接触することはできなくなったというわけだ。

 その割には、とわたしは思った。どうして詳細な説明をわたしは受けていないのだろう。ARグラスを使うのか専用の装備を開発しているのか知らないが、とにかくわたしは火星へ向かう道すがら、地球上の施設と交信を行う必要がある。なにも確かなことは言えないが、船に乗るのはわたし一人だ。わたしは「人」をなかば逸脱しているわけで、長時間の航行にもおそらく耐えうる。しかし随行者は「わたし以外」と同じ人間だ。同じレベルの生活を超長時間強いるのは無理がある。それに積み荷の問題もある。無駄な積載物は無駄なエネルギーを消費する。そうであるならば、わたし自身、もしくは遠隔操作によって一連の制御を行うのが現実的なのではないか、と。

 だが、地上と密接にやりとりを行うには壁がある。それは通信遅延だ。地球と火星は再接近時でも六千万キロほど離れている。月との距離が約三八万キロであるのを考えると、いかに遠いかがよく分かる。光ですら三分以上かかる距離なのだ。つまりどんなに委員会‐昔はJAXAと呼ばれたらしいが‐が努力したところで、やりとりを往復させるには六分以上の時間が必要となる。着陸時のようなコンマ単位での操作が要求される手順において、これは致命的なラグだ。

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