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ランドマーク(32)

 海鳥が頭上を飛んでいく。陸からはそう遠くない。公海には出られっこないから、領海内のどこかにいるはずだった。どこでやるかくらい、教えてくれたっていいのに。一連の試験は、反対派からの妨害を避けるために内密で行われている。研究施設も、内容も、わたしにさえすべては知らされない。部外者には言わずもがなだ。黒塗りの回答文書が幾度となくやり取りされていることだろう。そのせいもあってか、わたしにはいまいち実感がなかった。きらきらと光る水面の下には、限りなく黒に近い世界が広がっている。わたしに与えられるのは上澄みだけ。世間からははるか遠く切り離されて、宇宙がわたしの流刑地。ほんとうに、わたしはひとりぼっちで宇宙へ向かうのか。こんな時間がいつまでも、続いてしまうような気がする。なにもかもが変容してしまうという事実から、目をそらしていたかった。
 しかし同時に、いつかはすべてのことが終わりを迎えるという事実も、わたしにとっては甘く魅力的に感じられた。身体がとけて闇の中へまじっていくように。このまま身を投げて、深いところまで沈んでしまいたい。そんな欲望もまた、確かにわたしの内側で息づいていた。その感情がどれだけありふれたものであるかも知らずに、わたしはただ、美しい終わりを描く自分に溺れていた。

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