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ランドマーク(59)

 目が冴える。目を開いてみたところで、暗闇の中にはなにもない。ただ、わずかに揺れるカーテンの気配。そのうちにわたしは、視覚に頼ることをあきらめた。目を閉じる。瞼の裏には、昼間のプールで感じた照明が焼き付いていた。このところ、ずっとよく眠れていない。わたしは眠りたいと思っているのに、意識がそうさせてくれない。脳はギアを落とすことなく回転し続け、わたしに思考を要求してくる。今日のこと。プールに潜って、母さんにぶつかった。あとは、大して変わらない。それでいい。ほかには、なにかある? 
 ああ、サメだ。どうしても頭から離れなかった。サメは深い睡眠をとらないらしい。泳ぎ続けるために交互に脳を休ませるとか、図鑑で見た気がするな。だとしたら、生まれてからは二度と、止まることも眠ることもないんだろうか。大人になったサメも、やっぱり意識を手放すのが怖いんだろうか。だとしたら、わたしたちがいま、何もためらうことなく眠ることができるのは、経験の蓄積によるのかもしれない。今までにいちども眠ったことのない人間(あるいは、睡眠に関する記憶の一切を失った人間)からしたら、眠ることで意識の連続性が途切れてしまうというのは、とても恐ろしいことなのかも。わたしはたぶん大丈夫。目覚めた経験があるからだ。
 反対に考えてみよう。意識が途切れないってのは、もしかするとすごく恐ろしいことなんじゃないか?

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