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ランドマーク(98)

 開いた目に白磁の天井が映った。

 ここはどこだろう。すぐにそう思った。天国を思わせる真白の床と壁はわたしがこれまで夜を越えたあの部屋と変わりがないように見えたが、わたしの第六感がわずかな差異を見つけ出したのだった。

 わたしを囲むようにカーテンレールが配置され、そこからこれまたピュアホワイトのレースが吊り下げられている。おそらくこの部屋にはわたし以外いないはずだが、間仕切りなんて必要なのだろうか。以前から抱いていた疑問の一つだった。もしかすると、これがわたしに残された最後のプライバシーなのかもしれないな。わたしは掛け布団に潜ったまま笑ってみた。病院というよりも、保健室だね、ここは。厚い羽毛越しに低い機械音が聞こえる。何から何まで、前の部屋とそっくりだ。お日様の香りが似合うはずの布団に包まれていても、何のにおいもしない。かつて住んでいた自宅でよく聞いた冷蔵庫のうなり声によく似たそれを、わたしは子守歌とする以外になかった。

 無菌室だ。温室育ちとは言うが、無菌室育ちとは言わないな。まあわたしは編入なので、幼少からのエスカレーターとは何もかも異なる。わたし以外にもいるのかな、この世界のどこかに。外側を知らない人間が。たまねぎの皮が剥かれるのを、ひたすらに待ちわびて。もしくは、それさえ知らないのかも。こんな白い壁と天井、プラネタリウムにはうってつけだ。眠りにつく間際に映し出された星々を見て、この部屋こそが宇宙なのだと、世界なのだと、そう考える方がはるかに心地良いだろう。


(でもわたしは、知っている)

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