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ランドマーク(1)

 ジェットコースターが今まさに滑り落ちようとしている。その浮遊感に気付くやいなやわたしは目を開いた。一時のまどろみだっただろうか。それとも長い眠りだっただろうか。何度か目をしばたかせてみるものの、依然として視界には何も映り込まない。上体を起こすと、なんとか闇の中に輪郭を視認することができた。三方を囲むカーテンから、ここは病院だろうと見当を付ける。わたしの身体はベッドの上。下半身に感じる重みは、掛け布団によるものだ。

 空調の音すらしない一切の静寂に、不思議な感覚を抱いた。わたしという存在が延々と引き延ばされていく。十分に熱した鉄を地面に広げたときのように、わたしは急速に空間へと広がる。トラバーチン模様の天井に、わたしの影が闇を上書きした。カーテンの下端に目が留まる。ほんのわずかに、揺らめいた。この空間に、どこからか風が吹いている。
 ぐるり、と首を回した。ぼやけた脳を起動させるためのルーチンだ。もう一度、ぐるり、と首を回す。暗闇の中で、わたしの視界もぐるりと回った。感覚は振り払われることなく、脳裏にこびりついている。
 身体をベッドに横たえ、目を瞑る。開いていても閉じていても、目に映るものは大して変わらない。起動したばかりで悪いが、シャットダウンだ。意識が溶けていく最中に、置き忘れたアイゼンのことを思い出した。

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