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ランドマーク(4)

「音で、起きたの」
「そのちょっと前に起きてた」
「うるさかったでしょ」
「とっても」

 口ぶりに不安な様子は見られなかったが、わたしには分かる。わたしと母が共に過ごした年月は、この街へ塔が一つ立つまでにかかる時間よりも、ずっとずっと長い。

「おなかすいたあ」
「あたりまえでしょ、・・・・・・どれだけ」
「なに」
「梛、覚えてる。自分がいつから、眠っていたか」
「そういえば」

 覚えていない。

「ごめんね」
「なに」
「お父さん、いなくなっちゃった」

 覚えていない。

「・・・・・・お父さん」

 そう口にすると、そんな気がする。わたしにはお父さんがいた。でも、いまは、いない。いなくなっちゃった? 迷子みたい。勝手に、手をはなれて、どこかとおくへ、

「何か、食べたほうがいい」
「いい」
「いいから」
「ごめん」

 わたしはベッドへ倒れ込んだ。全身の力が抜けて、雲に包まれたみたいに、空の上で、

 ふいに、落下する感覚。身体はぐんぐんと加速して、まだ終端速度には遠い。ジェットコースターの、続き? わたしの耳はいまだにぴりぴりと震えたまま、正しく空気の揺らぎを伝えてはくれない。すべての感覚が遠くへいってしまうまで、わたしはただ待つことしかできない。
 もっと遠く、意識の片隅で、扉の閉まる音がした。それから、風が吹いた。そうか、昨日も、

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