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ランドマーク(29)

「なあ海良」
「はい」
「これからどうするんだ」
「卒業できるかってことですか」
「ううん、その先だよ。〈塔〉が好きで理系やってるって」
「まあ・・・・・・そうです」
「でももうさ、〈塔〉はない」
「はい」
「その気持ちって、どこかにぶつけられるのかな」
「・・・・・・絵とか」
「え?」
「え? じゃなくて、絵です。描くやつ」
「わかってるよ」
「わたしもわかってます」
「なんで絵なんだ」

 深入りすんな、この。関係性に酔うな。

「なんでなんですかね」当たり障りのない言葉を口にしながら、わたしはわたしの思考をなぞった。

 生徒の気持ちがわからない先生、教育はドラマだと思い込んでいる先生。対等でありたいと願ったはずのわたしが、いつの間にか見下す側。先生について思い込みを抱えている、わたしだって同罪なんだ。いや、わたしのほうがよっぽど浅ましい人間だよ。生まれた後で手に入れた〈優しさ〉をインストールして、今はやさしい人のふりをしてる。映画に出てくるヒーローのまねごとか、ルールからの逸脱に対する恐怖か、わたしが擬態する理由はわからない。

「絵を描いてると」

「あ、流れた!」

「え」

 頭上を見上げた。南の空に光の線が走る。ひらめいては、消える。長い尾をひくものもあれば、瞬きのあいだに消えてしまうものもある。あれがデブリ。あの中に、〈塔〉のかけらも、きっと。

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