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ランドマーク(107)

 翼の上をへたへたと歩く。周囲に(おそらく)たくさんの人間がいる(であろう)状況で、こんな格好をしなければならないのは、どうにも恥ずかしかった。白いパジャマの膝部分はすでにしっとりと濡れている。わたしはハッチに腕を掛け(お風呂のふちでのぼせた人みたいだな、と思った)そのまま身体をコックピットに押し込んだ。ぱたん、と軽い音がしてハッチが閉まる。わたしはヘルメットを外したくなった。操縦席からの眺めを、なるべくそのまま味わいたかったから。脱げない。おかしいな。いくら頭を振り回しても、力いっぱい持ち上げようとしても、ヘルメットはわたしの頭蓋骨を離してはくれなかった。これほどの短時間で、わたしの頭が大きくなるだろうか。ヘルメットが脱げないという事実だけで、今のわたしはいつでも狂ってしまえるような気がしていた。また、箱ができた。

 諦めたようにシートベルト(車とおなじ呼び方なのか?)を締める。ぱちん、と小気味いい音がわずかに反響して、すぐに消えた。もうこれ以上は、わたしにできることはなにもない。あとはオートパイロットを待つだけ。合ってるのかな、これ。ここまで一度も交信はなかった。そんなところまで似せなくたっていいのに。

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