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ランドマーク(49)

 巡礼者か、はたまた山伏か。母は残りの行程を計算し、途方に暮れた。普通に歩いたって、登りならここまで一時間半はかかる。下りだとしても一時間。今は満身創痍の祖母を連れているから、それよりももっとかかる。日が暮れるまでだいたいあと二時間。雨は止みそうにない。この雨足じゃ、低体温症の危険性だってある。ツェルトくらいもってくればよかったと、母はザックカバーに付いた水滴を払いながら後悔した。留まる選択肢がない以上、どれだけ時間がかかろうとも、下るしかない。母は祖母の左肩を抱いた。親子愛というものがあれば、おそらくこの瞬間に育まれるのだろうと、わたしは思う。大人になったって、親に肩を貸すなんて気恥ずかしくてできやしない。きっと死別するまで、そんな機会はやってこない。十分な理由があってよかったね、母さん。

 母は地に落ちた祖母の重みを感じていた。一歩、また一歩、体力と気力は地面へ吸い取られていく。二足歩行を始めた人類の祖先はきっとこんな歩き方だっただろうかと、母は自分を笑った。そうでもしないと、からだが前に出ない。

 そこに現れたのが、父だった。わたしの父。母にとっては、まさに救世主。祖母の代わりの、彼女の〈かみさま〉。

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