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ランドマーク(97)

 終点にて電車は乗客を吐き出していく。わたしたちは席に着いていたわけでもないのに、車内に残る最後の二人になった。人混みに紛れるのがためらわれたのがひとつ、あともうひとつは、わたしはどういうわけか、この時間が終わってほしくないと、そう願ってしまっていたから。わたしはわたしに驚いた。押し寄せる倦怠感に身を委ねてしまいたくなったのかと推察してみたが、そうではないと気付く。まったくもって望んでいなかった結末に、わたしは不思議な満足感を覚えていたのだった。舘林が下車しようとしなかったのはわたしを思いやってのことだ。それを示す証拠はないが、あいつが下車しない理由は他に見当たらなかった。こんな時まで自分本位なんだな、とわたしが自己嫌悪に陥りつつあると、ぞろぞろと乗客が流れ込んでくる。上り列車はこの終点で折り返し下り列車となる。発車までの間隔は確か、十五分ほどだ。まだこのままでいたかったけれど、そういうわけにもいかない。

 わたしはホームへ吐き出される。舘林もわたしの後を追う。車内に滞留していたのと同じ空気がホームにもあった。息が詰まりそうに感じる。舘林がわたしの横で息を深く吸い込んだのを見て、わたしも深呼吸をした。どんよりとした水蒸気のかたまりが胸に流れ込んでくる。それでも、いくらか気分は楽になった。舘林がわたしの前を歩くので、わたしもそれに追従する。わたしは舘林のリュックを見つめながら歩調を合わせ、改札向こうの雑踏へと紛れていった。

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