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ランドマーク(108)

 遠くで低い音が聞こえた。怪獣の鳴き声みたいだ。残念ながらわたしはヒーローではない。善にも悪にも興味はないし、この世界ではそのどちらも大した意味を持たない。感情を殺したわけではない。最初から、持ち合わせていなかっただけだ。

 わたしをのせて機体は動き始める。身体の下に、タイヤの転がる感触があった。わたしは微動だにしないまま、身体は運動エネルギーを獲得していく。コックピットから見える景色は天候のせいか、現実のようには思えなかった。ARグラス越しに見る仮想世界というにはいささか味気ない。わたしを楽しませるものはなく、記憶や不安と結びつくようなものもない。この滑走路のように、ひどく平坦だった。こんな夢をよく、見ていた気がする。落ちる夢、空や崖やジェットコースター。そうじゃない。反対だ。飛び立つ夢。翼のないわたしが、重力に逆らう夢。うすぼんやりとした感触、デジャヴ。

 そのうちに、身体がふわり、と浮き上がった。これが位置エネルギーだな。厳密に言えば、わたしが今までいた地面に対して、だが。高揚感も緊張もない。他人事のようで実感がなかった。機体は螺旋を描きながら、ゆるやかに上昇していく。次第に遠くなる地面への興味は薄れ、わたしは曇天へと目を移した。突き抜けていく。あの雲を、わたしは抜けていくのだ。

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