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ランドマーク(50)

 父は当時から〈塔〉の開発に携わっていた。気圧、気候、輸送の利便性、周囲の人口。様々な要素を加味し、建設予定地は南西の島嶼、または太平洋側の山間部に絞り込まれていた。その内の一つがこの山。建設予定地に決定する約二年前、父は視察に訪れていたのだった。

 調査委員と共に、父は祖母の元へ駆け寄る。母は安堵したが、膝からくずおれることはなかった。登山家の娘としての矜恃があったのだろうか。祖母は詳しい事情を話すこともなく、申し訳なさそうな顔をしながら父に背負われる。誰も口に出すことはないが、全員が事情を察していたことだろう。そうでもなければ、すぐさま警察に救助を要請していたはずだから。幸いなことに天候は回復し、一行は無事に山を下りた。母と祖母は重ね重ね礼を述べ、父とその仲間は改めて調査に訪れる旨を告げた。

 それから、ふたりの関係は始まった。祖母はあの山のガイドとして〈塔〉に関する調査を補助するようになり、それにしばしば母も同行した。わたしが知るのはこのくらいまで。母は野暮だからと、それ以上は教えてくれなかった。わたしだって、両親の蜜月について事細かに聞くつもりはない。ただ、過程ではなく、首根っこを捕まえておきたかった。この山がわたしにとってどういう存在なのか。

 そこに山があるから登る、そんな時代はもうとっくに終わった。わたしには理由が必要だ。神も仏もいない時代に、墓参りへ向かう理由が。

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