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ランドマーク(51)

 ふるさとの山に向ひて言ふことなし ふるさとの山はありがたきかな

 これはこの街の先人が残した詩。わたしが登っている、この山についてのものらしい。わたしには、この詩の意味がいまいち理解できなかった。ふるさと、という言葉にも馴染みはなく、ましてや有り難みを感じたことなんてない。ふるさと。やわらかい響きに懐かしさを覚えるが、その先にはなにもなかった。経る里。これが語源の一つと考えられている。つまり、過去の記憶と結びついた場所。いまのわたしが生きる、長く延びた時間の後方に位置する場所。やっぱり違う。わたしにとって、この山は「いま」、「ここ」にあるものなんだ。うまく言えないけど、きっとそう。

「あれ、海良じゃん」

 わたしは背中に気配を感じた。振り返ると舘林が笑いながら立っていた。ジーンズに半袖の黒いTシャツ。とてもじゃないが山登りにきたとは思えない。足下に目をやると、ラバーソールの扁平なスニーカー。

「なんでいんの」
「なんでいるの」
「いや、なんでいんの」

 会話するのが面倒だ。人間と話したい奴がひとりで山に来るわけない。じゃあこいつはなんでいるんだ。

「登りにきた」
「はーん、一人で?」
「そっちは」
「まあ、一人だな」
「なにしに」
「高いところ、行きたくってさ」
「死ぬの」
 冗談のつもりだったから、真に受けられると困る。だからわたしは、
「それなら屋上とかの方がいいよ、話題性あるし」
「そうそう、屋上」
 舘林は白い歯を見せて笑っている。こいつに冗談は通じているのかいないのか、分かりかねる。

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