ゴーヤの不都合な真実
夏を代表する食べ物ってなんだろう?
スイカ
ソーメン
バーベキュー
名だたるライバルを押し除けて、今日フィーチャーするのがゴーヤだ。
ゴーヤなんか、と目を丸くした方にはごめんなさい、とこうして画面越しに頭を下げさせてもらう。
いつもゴーヤを育てているゴーヤ農家の皆さんにはぜひ拍手で迎え入れてもらいたい。
ゴーヤ。
緑色でぶつぶつがあって、苦いやつ。
あのゴーヤが割と好きだ。
先日、妻とデパートに行き、その一角にある野菜が売っている店に入った。
そこには直接農家から仕入れられた新鮮な野菜が並べられていた。
玉ねぎとかピーマンがある中で目に入ったのがゴーヤだった。
思えば、昨年もこの店でゴーヤを買って、ゴーヤチャンプルーを作ったよなということを思い出した。
とても美味しかったから今年も食べたいなと思い、買うことにした。
僕がゴーヤチャンプルーを食べたくなったきっかけがある。
それは、国語の教科書に載っていた「ヤドカリ探検隊」だ。
確か小学校三年生の時の教科書に載っていた。
父と海辺でキャンプをして、そこで作ったゴーヤチャンプルー。そんな話だった。
僕は初めて聞いた、そのゴーヤチャンプルーというものに興味を持った。
ゴーヤというものがどんなものかもわからないし、チャンプルーの意味もわからない。
先生に聞くと、ゴーヤは緑色でとても苦く、チャンプルーは沖縄の言葉で「混ぜる」という意味なのだと教えてくれた。そして、ゴーヤはその味からニガウリとも言われると付け加えてくれた。
歳を重ねた君野少年(僕のことです)はそれから大人になるにつれ、ゴーヤチャンプルーを食す機会があった。
ゴーヤの苦味も多少であれば美味しいと感じるようになった。
そして先日、買ってきたゴーヤを早速妻が調理した。
ゴーヤチャンプルーの作り方を調べたところ、下ごしらによっては、苦さも軽減できるようになるらしいとのこと。
そうして出来上がったゴーヤチャンプルーはゴーヤの苦味がほんのりと残っていて、お酒に合う逸品となった。
美味しいね、夏だね、なんて頬張ったゴーヤチャンプルー。
とても素敵な日常の一コマなのだが、僕はそのあと何気なく読んだ本に驚きの真実を知ることになる。
(この本が面白い。植物の雑学が書かれている本でヘぇーと思うことが多い。「雑草は抜くほど増える」「不老不死の生き物」など興味をそそられる見出しが多い。)
この本を読み進めていると、ある事実が判明した。
それは、ゴーヤは未熟な状態で採取しているということだ。
???????
ゴーヤは苦い、小学三年生の君野少年に先生はそう教えてくれたし、僕も身を持って体験した事実だ。
しかし、それはゴーヤが未熟な状態で採取したからということになる。
では、完熟した状態でゴーヤを食べるとどんな味がするか?
正解は、甘い。
フルーツほど糖度があるわけではないが、ジャムにできるほどの甘さにはなるらしい。
そして、見た目の色も緑色ではなく、黄色になるらしい。
黄色で甘いというのが、本来のゴーヤの姿だ。
それを勝手に未熟なままゴーヤを採取して、挙げ句の果てに「ニガウリ」とまで名付けられるなんて、はた迷惑な話だ。
その上、苦いからと言って、苦味を軽減される食べ方をしようとする。なんのこっちゃかわからない。
あまりにもゴーヤがかわいそうだ。
そんなことを考えると、ゴーヤに哀愁さえ感じてしまう。
ちなみにピーマンも本来は緑色ではなく、赤くなるそうだ。
そしてこちらも、完熟すると甘くなる。
ピーマンは完熟するまで待つとなると更に二週間ほどかかるらしい。
しかし、完熟ピーマンだからといって値段が上がるわけでもないので、コストを考えると緑色で出荷したほうが農家にとって得なのだそうだ。
この本を読むと、驚くほど人間的な理由で植物は成り立っていることに気づく。
完熟したゴーヤはもはやニガウリではない。
かといって、黄色になるからキウリと名付けるといろいろややこしい。
申し訳ないが、完熟したゴーヤにもニガウリと呼ばせてもらうことにする。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?