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阿佐ヶ谷から旅立つひとへ

阿佐ヶ谷は谷底だ、という記事を読んだことがある。住み着いてしまって抜け出せないからだという。

https://www.google.co.jp/amp/s/suumo.jp/town/entry/asagaya-akasofa/%3famp=1

わたしもそのクチで、進学のため上京してから11年、この谷底から抜け出せずにいるし、抜け出せる気がしない。抜け出す気もないのだが。

2008年冬、進学と上京が決まり、ひとつ上の兄とふたりで暮らすことになった。進学した女子大は、小中高大とエスカレーターで上がってくる人や都内の女子校からの進学がほとんどだったので、馴染むのにだいぶ苦労した。東京が怖くて、大学も嫌いで、ただぼんやりと毎日を過ごしていた。
部活やサークルに所属してからはだいぶ楽しくもあったが、酒を覚えてからは、阿佐ヶ谷の飲み屋で飲み散らかす日々がはじまった。
その頃のことを思い出すと、いまでも頭がいたい。
頼むのは決まってウーロンハイか緑茶ハイ。ビールはあまり好きではなかったけど、ヒューガルデンの生を出す店に行きつけるようになって、そこで白ビールをおぼえた。
阿佐ヶ谷で飲んでいると、知り合いの知り合いが知り合いだったり、なんとなく顔だけ知っているひと、名前も知らないけど何度かいっしょに飲んだひと、飲んでいるとなぜかよく名前があがるひと、が増える。店同士も仲が良かったりして、あの店の誰々、で話が通じたりする。それが息苦しいときもあったけど、どこに行っても大体年下だったあの頃は、ひたすらにみんなに甘やかしてもらえて楽しかった。
酒に弱いくせに酔うのが好きで、べろべろになるまで飲んで、歩いて帰れる家があるくせに終電がなくなった仲間たちと朝まで過ごすこともあった。一番遅く(というか朝早く)まであいているから「阿佐ヶ谷の最終地点」とよばれていた店に辿り着くころにはもう外は明るくて、まっさらに澄んだ空気を肌で感じる早朝の空気がだいすきだった。
今ではそんなに酔い散らかすことはない(たぶん)し、調子に乗っていたあの頃が本当に恥ずかしいけれど、徒歩数分で帰れるのに道端で寝かけたことも、吐きながら帰ったことも、いろいろとやらかして行きづらい店が増えてしまったことも、ひとに嫌われたり好かれたりしたことも、今では良い思い出だ。

休日の昼間は、ゴールド街の二階にある喫茶店に入り浸った。壁に掛けられた竹久夢二の絵は今でも思い出せる。コーヒーの味はわからないから、ブレンドコーヒーを頼んだ。チーズケーキと、エビドリアが好きだった。創業明治何年、と看板にあったけれど、7、8年前に閉店してしまった。
有閑な大学生活にはコーヒーと煙草で入り浸れる喫茶店がどうしても必要不可欠だったので、わたしは次の行きつけを探すことにした。
薄暗くて、居心地が良くて、年齢層は高め、椅子とテーブルは低め。ほどよく人の声がして、でも騒がしくはなく。
しばらくの喫茶店難民を経てたどりついたお店は、今でもかわらず大好きだ。
頼むのは、たいてい加糖のアイスコーヒー。ウィンナーコーヒーにすると、洋酒のような良い香りの生クリームが乗ってくる。びっくりするくらい大きなグラスに入ったイチゴジュースは淡いピンク色にわくわくするし、小さなピザは中央の輪切りレモンがなんとも都会的。なにより美味しいのはできたてのナポリタン。麺はもちもち、大きな丸いままのハムがデン!と乗っかっていさぎよい。香ばしくて濃いケチャップ味を、卵サラダといっしょに口に押し込むと口の中がパレードみたいに騒がしくて、幸せな気持ちになれる。
とにかくなにを食べても何を飲んでも美味しい。
ブランコの席でゆらゆら揺れながら本を読むのも、混む時間帯の相席で知らないおばあちゃんと不思議な空気の中コーヒーを飲むのも良い。女の子たちの制服は丸襟とリボンに長いスカートがとても上品で素敵だし、テーブルのステンドグラスのライトも、活けられた花たちも、カウンターの中の天井が青くきらきらと光って綺麗なのも、椅子にそれぞれ違う座布団が敷かれているのも、全てが愛おしい。愛おしいのだ。
時代の流れか全席禁煙になってしまったけど、これを機に9年やめられなかった煙草をやめるのも良いかもしれない。

駅から少し歩いたところにある銭湯も、わたしのお気に入りだ。
数年前に女湯のサウナが故障してしまって、復活する気配はないけれど、地下水の水風呂、しっかりとあつい熱湯が時折恋しくなる。サウナがないのに通う銭湯はここだけ。
女将さんはとても気さくな方で、番台前でアイスを食べながらテレビを見ていると、よく話しかけてくれる。人付き合いは苦手だけど、こうして銭湯やサウナで知らない人とする世間話は、なんとなくそこに認められたような、許されたような気がしてホッとする。女湯のサウナをなおしてくれとは言わないから、どうか永く残って欲しい。

阿佐ヶ谷のだいすきなところはこの通りたくさんありすぎて、到底書ききれない。
住みやすさで言えば、スーパーも公園も図書館も近くて、地下鉄もJRも通っているし、商店街もたくさんあるし、駅前の本屋の品揃えが良い。古本屋もたくさん。
インドよりたくさんインドカレー屋があるし、タイよりたくさんタイ料理屋がある。

やってるのかやってないのか、家なのか店なのかわからないような店を冒険するのも良い。ふらふらしているとうっかり住宅街に迷い込んで、住み慣れた街のはずなのにスマホ片手に行ったり来たりする羽目になるけど、それもまた楽しい。

11年住んでもまだ、知らないことばかりでわくわくする。でもここでは、わくわくと安心感がうまく共存して、居心地がいい。とにかく離れられないし、離れる気もないのだ。

さて、こんなに阿佐ヶ谷愛を語っているけれど、わたしは阿佐ヶ谷のなにものでもない。住んでいるだけ。
そう、言うなら、この谷底に居座り、酔い、愛し、けやき並木に季節を感じていればなんの不足もない侏儒でございます。(芥川龍之介『侏儒の言葉』より)
ただわたしは、この谷底から旅立つことを決めたあなたに伝えたいのです。
阿佐ヶ谷は何も変わらずに待っています、なんてことは決して、ありません。
日々、変わります。
ひとも、お店も、街も。だいすきなお店がなくなってしまったり、だいすきな人たちがいなくなったりします。
でも、また新しいすてきなお店ができたり、だいすきな場所が増えたりもします。古いおみせが新しくなったり、お祭りが増えたり変わったり、決してすべてが進化ではないかもしれないけれど、常に変わり続けています。

だからどうか阿佐ヶ谷に、またすぐに何度も何度も、あそびにいらしてください。かえってきてください。そして、ああやっぱり良い街だなとあらためて、何度も何度も感じてほしいのです。
阿佐ヶ谷を去ったからこそ、わかることがある。それをぜひ、抜け出せないわたしにも教えてください。そしてわたしはもっともっと、この街を、谷底を愛したいのです。
だからまた、最後だなんて言わないで、何度も何度もあそびにいらしてください。

なにものでもない、ただこの谷底から抜け出せないおんなより。
会ったこともないけれど、旅立つあなたへ。
谷底から、(阿佐ヶ谷への)愛をこめて。

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なにものでもない サウナが好き
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