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水面下の執筆 -作家志望者とウェブの一筋縄ではいかない関係

このところ、noteに文章を上げられていない。
文章のプロになりたいと思っている人間がこんなペースでしか文章をアップできないというのは、傍から見れば「やる気がない」「口だけ」ということになるのかな…などと感じ、自己嫌悪に陥ったりもする。ただ、私にとっては、会社員で経済的に自立している=実家(芸術家が好きではない父親)に経済的に頼らなくていい環境が心置きなく創作する上で絶対に必要なので、収入が少ない&不安定だが拘束時間が短いアルバイトをして文章を沢山書くという選択肢はないのだが。

あと、「書く時間が取れない」「文章がまとまらない」みたいな生みの苦しみをツイッターで呟くのも好きではない。後で自分のツイートを見て、時間がないのにツイッターは見るんですか? スマホいじる暇があるなら文章と正面から向き合ったらどう? と感じるに決まっている。ただ、こういったSNSでの近況報告が何もなければ、「あの人、文章書くのやめちゃったのかな」「結局、書き続けられる人じゃなかったんだな」と思う人も出てくるだろう。

しかしこの夏、水面下ではそれなりに文章を書いている。具体的には下記の3つだ。
・手紙(2通)
・小説の推敲
・長いnote(書きかけ)

成果物がアップできない代わりに、どういうものなのかまとめてみる。

手紙(2通)

どちらも、1年以上関わりのある人に宛てたもの。
1つは便箋9枚に渡る長い手紙で、もう1つは小さめの便箋5枚程度のさほど長くない手紙だった。書く時はSignoというボールペン(0.5mmブルーブラック)を使う。
手書きなので、メモ用紙で原稿を作ってから清書する。考えながら書くと、便箋が修正液の跡だらけになって汚いし、場合によっては書き直しが発生するので、面倒でもこのやり方。
同じ内容でも、メールの無個性なゴシック体より、手書きの文字を使った方が柔らかく手渡せる気がする。相手にとって耳の痛いことを敢えて伝える時なんかは特に、手書きの文字の力を借りたくなる。「こいつイラッとすること言うな…でも、わざわざ手で書いてくれたってことは、こいつにとっては伝えなければならないことなんだろう」と相手に思ってもらえたら、関係がそこまでギスギスしないのではないかと期待している。

小説の推敲

10月末締め切りの新人賞に向けて、過去に書いた作品を推敲している。

今の時代、小説を書いている人にとって、作品をウェブ公開するかどうかは悩ましい問題だろう。
作品をウェブにアップすれば、沢山の人に読んでもらえる可能性が高くなる。自分が口先だけの書き手ではないということも伝わる。「小説家になろう」「note」などの媒体で作品を公開し、デビューのチャンスを掴んだ人もいる。
しかし、ウェブ上で公開した作品は、出版社主催の新人賞には出せない。ほとんどの新人賞の規定には「未発表の新作」とある。
プロの作家になった後のキャリアを考えれば、新人賞受賞というお墨付きがあった方が自分の書く力を示しやすいのは間違いないし、文芸誌への掲載・紙の本の出版・編集者や審査をしている作家との関係構築などメリットは計り知れない。だがそのためには、どんなに頑張って作品を執筆していても、ネットに上げてはならない。「これだけ書いているんですよ」と成果物を見せて、ささやかな承認欲求を満たしたいと思っても、できないのだ。
小説の同人誌を出している人なんかも、恐らく同様の悩みを抱えているだろう。

写真やイラストやシンプルな絵の漫画など、制作に要する時間が比較的短い作品は、コンスタントにウェブやSNSで公開しやすい印象だ。しかし、執筆から完成までにそれなりの時間を要する小説は、更新頻度を上げるにしても限界があるし、タイムラインで目にしたnoteへのリンクや字の多い投稿を丁寧に読んでくれる人も限られている。加えて、上記のジレンマ。なかなか歯がゆい。

余談:
「小説家になろう」に作品をアップしてデビューを果たした住野よるさんは、作品を新人賞に出し、落とされたものを書き直してに別の新人賞に出し…ということを何度か繰り返した後、誰にも読んでもらえないよりはとウェブ公開を決めたそうだ。作品のタイトルは「君の膵臓をたべたい」。この話を「公募ガイド」で読んだ時は、新人賞に落ちた作品でもこれだけ支持されるケースがあるのかと驚いた。新人賞受賞作として華々しく書店に並べられても、部数でキミスイに敵わない作品は相当ある気がする。新人賞=実力のお墨付きと言えるのか? という問いを突き付ける事例。

長いnote(書きかけ)

私が服装(とジェンダー)に対して持っていたジレンマを振り返ろうと思い、8月中旬にnote用の文章を書き始めたが、途中で止まっている。

夏休み(3連休+夏期有給1日)中に完成させたかったが、どうしても先に手紙を書く必要が生じたため後回しに…。手紙は思い立った時に書かないと「あの時ちゃんと連絡を取っておけば…」「ちゃんと思いを伝えていれば…」とずっと引きずることになりかねないので。
9月中旬ぐらいを目標に書き進めたい。でも10月末までに小説の推敲も終わらせなければならず…同時並行でどこまでできるのだろうか。悩む。

水面下の執筆を振り返って

「note更新頻度は低いけど書いてないわけじゃない」と伝えるためにここまで書いてきた。最終的に記事の大半を占めているのは、作家志望者はSNS上で自分の頑張りをアピールしづらいという愚痴だった。

本当に頑張っていることと、沢山の人に「頑張っている」と認識されることはイコールではない。
しかし「頑張ってるね」というメッセージを人からかけてもらえなければ、もしかして頑張っていると感じているのは自分だけで、私がやっていることなんて取るに足りないことなのでは…という気持ちになってくる。

それでも、SNS上で沢山の人に受けるような「頑張ってるアピール」をすることに時間を割くのは、作品で勝負しようとする人間のやることではないと感じる。その感覚は失くしたくない。

そして、手紙やnote(+今月は登場してませんがラジオ番組へのメール)など小説以外のものを書く時間も、書くことで人生を豊かにするための営みとして大事にしたいと思う。
自由な時間を小説に全振りしていた時代は、人生が痩せていくような心細さがあった。あの状態には戻りたくない。

粗削りな文章になってしまったが、今回はこのまま出す。「推敲してから」とか言ってるといつになるか分からないので。
後で見返せば、今の私にとって書くこととは何なのかが見えてくるかもしれない。

さて、これで「8月の更新なし」を回避できた――次回の長いnoteをお楽しみに!

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