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オランダのメディアは安倍首相の辞意表明をどう報じたか?

昨夕、安倍首相が辞任の意向を表明した。

オランダのメディアがそれをどう報道したか、信頼できる4紙の記事を見てみよう。

首相、先週から病院で検査などをしており、今週も月曜から病院行ったりして辞めるんじゃないかという雰囲気が出ていた。会見も意図的に金曜日に設定したのではないか。でも閣僚も辞意表明を前日に知らなかったようなのでわからん。

いずれにせよ、週末を挟むことで辞任の話題はある程度収束して、来週からはメディアも世間も「辞任前提モード」に切り替わってしまい、追求を弱めて消化試合に付き合うことになるのではないかな。

それはさておき!

日本の首相がやめたところで世界全体にとってはそこまで大きなニュースにはならない。それでも、どこかの国の大統領が辞めたりすると日本でも小さく取り上げられるように、オランダのマスコミも安倍首相辞任を報じている

オランダのメディアの日本認識そのものはあまり重要ではないと個人的には考えているけど、今回は見慣れぬ媒体に親しむために、身近な話題を材料にするつもりで見てみよう

ざっくりいきます。

NOS

エン・オー・エスはNederlandse Omroep Stichting「オランダ放送協会」の略(N○Kみたい)。

私はオランダのニュースを見るときはいつもNOS。テレビで放送されるものがネットにもアップされているからだ。国内外のニュースを広く取り上げていて内容もそれなりに信頼できるし、記事も長すぎないので勉強中の私にとっても読みやすい。ラジオ局もあるので、報道だけでなく文化的な面でも情報収集に役立っている。

さて、NOSの安倍首相辞任の記事は2つあった。

「在職最長の総理でさえ日本に平和主義を断念させられなかった」

「日本の安倍総理が健康上の理由で辞任」


1つめの記事「在職最長の総理は日本に平和主義を断念させられなかった」は、タイトルからも内容が察せらるけど(笑)要約すると以下の通り。

・安倍首相は今週在職期間が歴代最長に達したが、突然辞任を表明
・祖父は戦犯から首相になった岸信介
・しかし安倍は日本の平和主義を終わらせられなかった
・再選された2012年は激しい政権交代津波・原発事故の直後→国民は安定を求めていた
アベノミクスは貫徹されず
・女性管理職増加の約束も守れず(日本の女性は低所得の傾向)
・野党が弱体化したことと、閣僚のスキャンダルが小さかったのは幸運だった
彼の特徴は平然と嘘をつくこと
・日米関係維持への尽力と米中関係の悪化などでアメリカの信頼は得られた
・コロナウイルスへの初発の対策をほとんどせず
・第二波への対応でも安倍は表舞台に出てこない
・今後は自民党内から次の首相が出るだろうが、どうなるかはわからない

一言で表せば、現政権を総括した記事。若干日本の左派の影響を受けているっぽい…?

この記事の特徴は、特派員のキェルト・ドゥイツ(Kjeld Duits)という人物のコメントが全体的に引用されていること(ファーストネームのカタカナ表記がわかりませんでした、違ったらごめんなさい)。ググったところ、25年ものあいだ日本特派員として、様々なメディアを相手に報道や写真の仕事をしてきた方だそう(*1)。日本の政情に詳しいのも当然か。

もう一つの記事「日本の安倍総理が健康上の理由で辞任」は簡潔だ。

・辞任を発表し国民に謝罪
・若い頃からお腹が痛く、前回も健康上の理由で辞任している
・後任については推測をしたがらない
・人気暴落中、経済改革は失敗、平和主義の撤回もなし(ドゥイツ氏)
・野党の連立もあるので今後のことは予測が難しい(ドゥイツ氏)

ほぼ焼き増し記事。後半は、NOSのラジオにドゥイツ氏が出演して語った内容の引用だ。

というわけで次にいこう。

 

NU.nl 

ヌー・プント・エンエルは、オランダ最大のネットニュースサイト。

nuはオランダ語で「今」、プントはピリオドのこと、nl はオランダの国名ドメイン(日本でいうjp)。オランダの人口1740万人に対し(*2)、NUの読者は毎月700万人だそうだ(*3)。

辞任関係の記事は2つ。

「在職最長の日本の安倍総理が健康上の理由で辞任」

「安倍総理退陣によって日本の株価が急落」

まず「在職最長の日本の安倍総理が健康上の理由で辞任」だが、短い記事だ。

・大腸の病気が理由
・国民に謝罪
・後任候補については言及を避ける
・これを受けて日本の株式は下落
・経済改革は失敗
・コロナ対応の失策で支持率も急落

株式の話は、先ほどのNOSにはなかった話題。

もう一つの記事「安倍総理退陣によって日本の株価が急落」も見てみよう。

・アジアで在職最長の首相が辞任
東京証券取引所の株価が急落
・日経平均株価は日中は23,300円前後だったが報道を受けて急落し、終値は22,882円
・就任以来、支持率は最低

アジアで在任最長の首相なんだ…へ、へえ…。オランダ人にとって安倍辞任は、政治面よりむしろ経済面での影響がありそうだし妥当な報道だ。記事にも投資家らしき人々のコメントが散見される。ただし、より詳しい情報が既に英語で出回っているから、この記事が特別に重要だということはないだろう。

 

De Telegraaf

デ・テレフラーフは、イギリスのデイリー・テレグラフのオランダ版。辞任関連の記事は一つだけ。

「日本の安倍首相が健康上の理由で辞意を表明」

・会見の内容(病気のこと、冬に向けたコロナ対策はバッチリなことなど)
自民党員(稲田朋美)はショックを受けている
・後任決定までは在任する見込み
・1度目は戦後最年少での就任、今は在職期間が最長
アベノミクス頑張ったけど日本は経済成長してない
・最近は天皇の生前退位のことが主な話題だった
・北朝鮮を理由にトランプと良好な関係を築き、外交は成功

記事がアップされた時間を見る限り、会見前のリークを受けて書かれている。皇位継承のことに触れてるのが不思議な一方、オリンピック問題やコロナ失策は突っ込まないらしい。 極東の国のことなんて軽く触れておけばいいという扱いなのか。完全に憶測だけど通信社からの情報をまとめて流しているような感じがしないでもない。

 

de Volkskrant

デ・フォルクスクラントは、直訳すると国民新聞という意味。

記事は2つ。

「日本の首相安倍が健康上の理由で辞任」

「安倍が健康上の理由で辞任、日本の後継者も決めずに去る」

両方とも、ユルン・フィッセル(Jeroen Visser)という人物が書いている。フォルクスクラントの極東アジア地域への特派員だ(*4)。 

まずは1つ目の記事を見てみよう

「日本の首相安倍が健康上の理由で辞任」

・体調悪化で仕事ができないと辞意を表明
・慢性的に腸が悪い
・来年夏に延期されたオリンピックが彼の治世のクライマックスになるはずだった
・自民党は内部で後継者を決めることに
・1度目は人気急落と健康上の問題で突然辞任した
・2度目は見事に復活した、補欠選挙をうまく利用したのも一因
・在任最長記録を更新したばかり
日銀からたくさん借りて経済政策に注力したがコロナで不況になった
・北朝鮮や中国を対象に安全保障政策を進め、国防予算は過去最高に
・憲法解釈により集団的自衛権を認めたが憲法9条の改正軍の組織には失敗
・最近はコロナ対応で批判されていた、東京では毎日数百人が感染している

なんと、ここまで見たの記事の中で政治的問題に最も深く切り込んでいるではないか。

この記事の独自性の一つは、オリンピックに言及しているところだ。ここまで見てきた記事にはほとんどなかった。そしてさすがは極東アジア特派員、安全保障についても述べられている。

面白いかったのはこのフレーズだ。

Een prestatie van formaat in een land dat een geschiedenis kent waarin sneller van premier werd gewisseld dan een kleuter uit zijn kleren groeit.

2度目の就任で最長在職記録を達成したことについて、幼児が大きくなって(今着ている)服を着れなくなるよりも早く首相が交代する歴史を持つ国での快挙だ、と述べている。面白い冗談だけど、日本に国籍がある身としては笑えないぞ。

では、2つ目の記事はどうか。半分くらい同じ内容だったので、新しく書かれた内容だけ太字にしてある。

「安倍が健康上の理由で辞任、日本の後継者も決めずに去る」

・体調悪化で辞意を表明
・最近も病院通い
・オリンピックが彼の治世のクライマックスになるはずだった
・後任がまた与党の保守的で国家主義的な人々から選出されるかどうかが重要
・1度目は突然辞任
・2度目は見事に復活
・経済政策はコロナでパァ
・安全保障政策を進めた
・憲法改正や軍の組織には失敗
・天皇の退位を認めたが、今後も原則は生涯在位し続けることになっている
・成功が少なく汚職疑惑もあったのに、今まで辞任にいたらなかっとことは驚きである
・問題は次が誰になるかだ、でもまた安倍が返り咲くかもよ

日本のことよくわかってるな…。だからこその批判的な論調、というか、ちゃんと情報を集めた上である程度客観的に見るとこうなる、ということか。

やっぱり天皇の生前退位は海外からすると注目ポイントなんだなぁ。それと、汚職があっても辞任に至らないことを指摘されていて耳が痛い。皮肉っぽい書きぶりだ。でも、私を含めた国民とマスメディアが主権者意識に欠けがちなのは事実。

時折ウィットも織り交ぜていて、この方は文章力がありそうだ。フォルクスクラントにはいい記者さんがいるんだなぁ。

 

おまけ

最後にNRCを見ておこう。

エン・エア・セーは、Nieuwe Rotterdamsche Courant Handelsblad つまり「新ロッテルダム業界誌」にルーツを持つ、伝統と理念のある新聞社らしい(*5)。

有料購読してないのでタイトルだけ。

「日本の首相安倍晋三が健康上の理由で辞任」

「安倍晋三、大きな野望を持っているが完成者ではない」

タイトルから推測すると、安倍は岸信介の意志を継いでいて、支持者や国民にも色々約束したけど、成し遂げることはなかったという感じか。

他にもTrouw(正確・誠実の意)やHet Parool(誓言・合言葉・標語の意)にも似たような記事はあるが、内容が被っているので省略。

metro(メトロ)のニュースサイトや、VN(Vrije Nederland 自由なオランダ)、RTL nieuws(Radio Television Luxembourg オランダ版)には、安倍首相関係の記事は無し

余談だが、metroは今年4月から紙媒体の発行をやめたらしい(*6)。デジタル化の波だねぇ。

 

総括

ここまでオランダの4紙(NOS, NU.nl, de Telegraaf, de Volkskrant)を見てきた。

どこも大体、安倍は戦犯から首相になった岸信介の孫で、おじいちゃんの意志を継いで日本に軍事力を持たせたかったけど失敗し、経済政策も失敗し、色々記録も作ったけど持病で辞める、という感じだった(ざっくり)。

新聞によっては、経済軍事あるいは天皇のあり方の問題について言及している。特に特派員の見方はわりと批判もあってまともだった。

個人的には de Volkskrant(デ・フォルクスクラント)が一番適切な報道だった思う。それでも、英語メディアに比べれば分析の深さに劣る(そこまで分析する必要もないのだろう)。例えば、辞意表明前ではあるが、CNNの記事は安倍晋三のメンタリティーに迫っていて面白い(*7)。

自分が知っている情報やニュースをそのメディアどう報じているかを見ることは、メディアの信頼性やリサーチ能力を判断する基準の一つになる。

もちろん、今回は日本についての報道を見ただけなので、これだけで判断することはできない(というか今回取り上げたメディアは、偏向報道が少なめで信頼度が高いところばかり)。

たとえこれらのメディアによる、極東の島国の首相辞任のニュースが少しくらい雑だったとしても、国内情勢・世界情勢に関わるニュースや、地理的に近いヨーロッパや中東、旧植民地のインドネシアなど、オランダの利害に関わるニュースはもっと解像度高く報道している。ほかにも戦争体験などのドキュメンタリー的な記事は、日本のことでも事実関係をそれなりに詳しく調べて書いている印象。

オランダメディアの比較は前からやってみたかったことの一つでした。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

それではまた。Tot ziens!


*1 http://duits.co, https://twitter.com/kjeldduits?lang=ja

*2 2020年8月29日の人口を参照 https://www.cbs.nl/nl-nl/visualisaties/bevolkingsteller

*3 https://www.nu.nl/over-nu/4907513/over-nunl.html,

*4 https://twitter.com/jeroenlvisser

*5 https://nl.wikipedia.org/wiki/NRC_Handelsblad

*6 https://nl.wikipedia.org/wiki/Metro_(Nederland)

*7 こちらで紹介されていて知りました https://www.youtube.com/watch?v=5IemiXExbxo


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