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「自分を一番自分が大事にする」「マリンバさんのお引越し」主催・マリンバ奏者・野木青依インタビュー

2021年度「隅田川  森羅万象 墨に夢」(以下、「すみゆめ」)のプロジェクト企画のひとつとして実施された「マリンバさんのお引越し」は、マリンバさん(マリンバ奏者の野木青依さんとマリンバ)が墨田区内を巡る音楽プロジェクトです。企画のねらいやそこで起きたこと、実施して得たことなどについて、主催者である野木青依さんにお話を伺いました。

墨田区にいると安心できる

ーーこれまで「マリンバさんのお引越し」実施レポートを私の言葉で書き残していたので、野木さんの言葉を残すためにインタビューをさせてもらいたいと思います。よろしくお願いします。
まず「すみゆめ」に応募したきっかけを聞かせてもらえますか。

2020年の春に今住んでいるところに引越してきて、近所を散歩中に、墨田区役所で「すみゆめ」のプロジェクト企画募集のチラシを手にしました。その頃、自分が住んでいる場所の近くで、自分の企画をやったり、自分の居場所をつくっていけたら良いなと思っていたタイミングでもあったので応募を決意しました。

ーー実際参加してみていかがでしたか。

「すみゆめ」に参加して一番驚いたことが、区役所の担当の方たちがノリノリなこと。コロナ禍に入っても、「コロナだからだめです、中止です」という姿勢ではなく、「できる対策をしっかりして、もし陽性者が出たらしっかり保健所と対応をしてくださいね」と会議で仰っていて、その姿勢にもびっくりしました。今まで市役所や区役所が雰囲気的に苦手だったのですが、墨田区役所の方たちと接する中で、「歓迎されている」という安心感が生まれました。2020年度「すみゆめ」に参加して、これからも墨田区に関わっていきたいという気持ちが強まり、次の年も参加したいと思い応募しました。

すみゆめ事務局の中で私が直接やり取りさせていただいたことのある、荻原さん、岡田さんの存在もとても大きいです。私は他人に威圧やプレッシャーをかけられやすいのですが、すみゆめ事務局のみなさんは絶対にそういう態度を取らないし、こちらのやりたいことを尊重し、ひとりひとりのペースに合わせてくれていると感じます。実際お二人は本番も見に来てくださって、そういうひとつひとつが本当に嬉しいですし、信頼感や安心感につながっています。すみゆめ事務局の方の人柄と墨田区役所の方の人柄と、それから墨田区に長く住んで活動している諸先輩方も全員優しく接してくださって、墨田区にいると安心できます。

↑本番を見に来てくださったすみゆめ事務局の荻原さん(右)と岡田さん(左)

内の状態の自分を外に持っていく

ーー私が執筆したすみゆめのレポートで、前半に「すみゆめ」のサポート体制についてあえて記したのは、私も墨田区役所やすみゆめ事務局の方の存在は本当にありがたいなと思っているからですね。
次に、どうしてお引越ししようと考えられたのか、企画の意図を教えてもらえますか。

コロナ禍で、自宅のマリンバが置いてある部屋で曲を作ったり演奏したり、ひとりで部屋にこもる時間が増えました。それ以前は、常になにか本番があって、お客さんの前で演奏する機会があって、それに向けて練習する、その繰り返しが自然なことでした。なので、誰にも見られていない状態で、ひとり素の状態でマリンバを演奏していることが新鮮だったんです。外に出なくなって初めて、これまで「外の状態の自分でマリンバを演奏していた」ことに気が付きました。それで、素/内側/超個人的な状態の自分で外にいけないかということを考え始めました。

ーー外の状態の自分と、内の状態の自分というのは具体的にどういうかんじでしょうか。

外の状態の自分は、型があるかんじ。音楽家、演奏家、演奏会とか、元々決まっている予定に沿ってやっていく、多くの人が想像しやすい演奏家像に自分を寄せているかんじでしょうか。

内の状態の自分は、自分を喜ばせるために演奏しているかんじ。ほかの公演や演奏会を見に行ったときに、自分が一番嬉しくなる瞬間は、演者が自身の興味のおもむくままに、その人が面白いと思っていることを、他のお客さんの存在を全く感じないで表現しているところを目撃させてもらえると嬉しくなったりする。「こうしたほうがわかりやすいかな」とか「こうしたほうが評価されやすいかな」ではなく、なんていうのかな、自分を一番自分が大事にしているかんじというか、我慢していない状態。自由になりたいと思ったときになにかをしなければ自由になれないのでもなく、居場所が欲しいと思ったときにどこかにいったらそれが居場所なのでもなく、元々その人の中に自由や居場所はあって、その人自身がその存在を信じられたらいつでもどこでも立ち上がらせるものだと。自分自身に対しても、自分がそれを一番信じてあげていて、その姿を外で見せたい、共有したいというかんじだったのかなあ。

ーーコロナ禍での気づきも企画にインスピレーションを与えたとのことでしたが、葛飾北斎についてもリサーチされたんですよね。

はい。リサーチのために、両国周辺やすみだ北斎美術館に散歩に行きました。すみだ北斎美術館で北斎のエピソードを見たときに面白いと思ったのが、北斎は90年にも及ぶ長い生涯のうち90回以上も引越しをしたといわれ、そのほとんどをすみだで過ごしていたというエピソードでした。それから、どこかの案内板に「北斎さん」と書いてあり、世界的に有名で歴史的偉人なのに、なぜかみんなが知っているおじいちゃんという距離感で「北斎さん」と書かれていることが面白いなと思いました。
そんなコロナ禍での気づきと、北斎のエピソードが合致したのが「マリンバさんのお引越し」でした。

↑「京島駅(元米屋)」での様子。子どもたちは夢中になってマリンバを叩き続けていました。(撮影:アベトモユキ)

どんな人がどんなふうにその場にいたのかをわかりたかった

ーー「内の状態の自分を外に持っていく」ことがこのプロジェクトで達成したかったことのひとつなのかなと思ったのですが、それは達成できましたか?

先ほどお話しした内の状態の自分と完全に同じだったかというとそうではないし、でも逆にそれが自然なことだと思ったうえで、ちょうど良い塩梅で自分はいれたと思います。なるべく自分がほどけた状態で人とおしゃべりしたり、マリンバに触れてもらいたい企画だったので、ある程度大人な自分になるのも自然な身体の反応だったなと。一方で、みんなに自由に楽しんでもらいたいけど、自分が演奏したくない曲をリクエストされると嫌だと思う、というような自分の自然な感情も大事にしました。

それから2020年の企画をやったときに疑問に残ったことが、私は「いろんな人が日常の延長線上で音楽に出会ったり、マリンバに出会う」企画をやっているのですが、マリンバに出会った人のそのあとの生活や人生に響きがあるような、鋭利な企画ではないかもということでした。そのときは、お客さんがたくさん来て楽器を叩いてくれているのですが、誰が何をどんなふうに演奏したかをあまり覚えていないんですよね。人が多いし、入れ替わり立ち替わりで、私は常に楽器が壊れていないかどうかをチェックするのに必死でした。その経験を経て、もっと自分も個人的な状態でその場にいたいし、それを共有する人もどんな人がどんなふうにその場にいたのかをわかりたかったのかもしれません。

↑2020年度野木さんは、隅田公園そよ風ひろばにて、音楽レーベル「ベジタブルレコード」、写真家「工藤葵」とのコラボレーション企画として、ワークショップ「隅田川の音あつめワークショップ~Song for 隅田川をつくろう~」「楽器体験」と回遊式ライブ「Song for 隅田川お披露目ライブ」を開催。

今回京島のお家での1日を終えて、今後もこれはやっていきたいと思いました。ご自宅に何時に行きますというのは決めていたけど、伺って演奏を始めるときも、なんとなく家族のみなさんの準備が整った順にばらばらと集まってきたり、演奏の合間で自然発生的に地元や家族について話をしたり。私にとってすごく思い出に残っているんですよね。

昨年度の企画で残った疑問は、今回の企画でひとつ先に進んだ気がしています。今後もなるべく多くの人数を集めるのではなく、より少人数や一人のためとか、どんどん対象を少なくして企画をやっていきたいなと今は思っています。

↑京島のお家での様子。

ーー京島のお家の出来事が思い出に残っているとのことでしたが、ほかにお引越しをして印象的だった場面はありますか。

「京島駅(元米屋)」で、おばさまがた3,4人が集まったときがあって、みなさんがなんとなく会話しだしたのがうれしかったです。「毎日長時間やって大変ね」と言われて、「大変だけど、銭湯に入って背中をほぐすと大丈夫なんですよ〜」と言ったら、そこにいたおばさまたち全員が声を揃えて「それは若いからよ〜」と、一瞬一致団結した時間があったのがとても良かった(笑)。

「マリンバさんのお引越し」は、毎時思い出があります。あのときの誰とか、なにをしゃべったかを思い出せる。それがすごくよかったです。自分が演奏を聞いてもらったということより、マリンバの周りに集まった人たちがその場限りの会話をするというのが自分が見たかった景色でもありました。

街の定義を広げていく

ーー型があるコンサートや、大勢を対象にしていた経験と比べて、今回丁寧に、ひとりひとりやその時々と野木さんは向き合われていたんだなとお話を聞いて思いました。

事前に何も決めないで臨み、その場にいる人や、天気がどうかで全部が変わりました。なので会場に向かうときは怖すぎて、毎日具合が悪くなっていました。私はやっぱり傷つくことがすごく怖いので、誰かが怒りながら入ってきたらどうしようとか、歓迎してもらえなかったらどうしようと考えていました。ほんと社会生活をするように演奏していましたね。毎日緊張しましたが、安心してその場にいられたのは自分ひとりの振る舞いではなくて、絶対的味方として常にいてくれた宮﨑さんや、訪問先のみなさんの歓迎ムードがあってできたことでした。

撮影:アベトモユキ

ーーありがとうございます!最後に、本企画をやって感じた課題や今後挑戦してみたいことがあれば教えてください。

ひとつは、私が街にいてもそもそも街にいない人もいるよねと思いました。人にはわからない事情で街に出たくない/出られない人もいる。それが今回自分の前提に入っていなかった、自分の街の定義が狭かったかもしれないことが悔しい点でした。不特定多数の人に会うために街にいたけど、おそらく不特定多数がかなり限られている。自分がもっとうちに入り込んでいかなければいけない場合もあることがわかりました。

もうひとつが、楽器を前にすると多くの人が「わあ」となる姿が不思議だなと思いました。前述のレポートでも「楽器や場をケアしていた」と書かれていましたが、たしかに楽器は人からケアされやすいものだなと。指紋がついたら拭くし、小雨が降ったら布を被せるし、大事にケースに入れて運ぶ。どうして楽器って「もの」のなかですごく階層が高いのだろうと思いました。一方で、マリンバを丁寧に扱ってくれない人には腹立たしくなることもあって、なぜ自分に危害は加えられていないのにマリンバに対しての尊敬や大事に扱う気持ちがない人に対して腹立たしくなるのか、なぜ自分が楽器に感情移入しているのかも不思議に思いました。今回は私が子どもの頃から使っているマリンバを使っているので、みなさんが丁寧に扱っていただけたのはとても有り難かったのですが。

また私が常々気をつけているのが、"クラシックの人"という肩書きが持つ権威性についてです。音楽の学校に行った、クラシックの教育を受けたというだけでも、権威感が出てしまう。常に自分の加害性や暴力性を冷静に自覚して、それをしっかり引き受ける覚悟を持っていないとだめだと思っています。

ーー無自覚の権威性を意識しているのですね。一方で自覚的に権威性を得たいと思っている人もいるよなあとぼんやり思いました。

私はそういう向上心みたいなものに、ずっと反抗しているかんじですね。むしろ超個人的な状態でいるとか、自分がやりたいこととか、自分がいたい状態でその場にいることが絶対に譲れないこととしてあります。

撮影:アベトモユキ

ーー野木さんのお話を伺い、野木さんは社会や常識など外的な評価軸ではなく、自分の中にある軸を大事にされている意志を感じました。お話を改めて伺えてよかったです。ありがとうございました。


今後の野木さんの活動や、お引越しプロジェクトの発展もぜひご期待ください。

「マリンバさんのお引越し」実施レポートはこちら

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■開催概要
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「マリンバさんのお引越し」
🕑2021年11月5日(金)〜7日(日) 11:00-16:00
会場名:WISE OWL HOSTELS RIVER TOKYO(東京都墨田区向島1-23-3 東京ミズマチイーストゾーン(E01))

🕑2021年11月11日(木)〜13日(土) 12:00-18:00
会場名:喫茶ランドリー(東京都墨田区千歳2-6-9 イマケンビル1階)

🕑2021年11月19日(金)〜21日(日) 12:00〜16:00
会場名:京島駅(元米屋)(墨田区京島3-50-12 )

🕑2021年12月3日(木)10:00〜11:00
会場名:小梅保育園

🕑2021年12月19日(日)10:30〜11:30
会場名:京島に住むご家族のお家

主催:野木青依、「隅田川 森羅万象 墨に夢」 実行委員会
共催:墨田区
特別協賛:YKK株式会社
協賛:株式会社東京鋲兼
制作マネジメント:宮﨑有里
宣伝美術:竹内巧
記録撮影:アベトモユキ
衣装協力:HOUGA
※「隅田川 森羅万象 墨に夢」実行委員会 事務局は(公財)墨田区文化振興財団が担っています。

執筆:宮﨑有里

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