角を打つ、十一。

角打ちで震えた。

数年の記録をすっ飛ばしてしれっと再開しておりますが、
角打ちであんな気持ちになったのは初めてで。

門司-魚住酒店

角打ちの聖地と言ってしまいたい、北九州に突然(ついに)行ってきたわけですが、数ある角打ちの中でも特に歴史の古いと言われているお店。後から調べたところによると、1945年に現在の場所に移転され、それ以前から歴史があるよう。

門司港駅から徒歩10分ほど、路地に入る坂道にポツンと、しかし堂々と佇んでいる。
入り口に掲げられた『魚住』という看板にわくわくしながら一歩足を踏み入れた瞬間、そこで流れてきた何十年もの時の重みがふわっと自分の体を纏ったような気がした。
ただ当時のものや風景が、当時のまま時を重ねてきたというだけではなく、そこで交わされてきた会話や笑い声や足音、、形にならない記憶たちにわずかでも触れたような心地。
角打ちの発祥と言われる北九州という土地がそうさせているのか、それにしても今まで感じたことのない心地にぞくりとしながら、「飲んでいかれる?」と声をかけてくれたお母さんに「日本酒をお願いします。。」と伝える。

朝の10時、他にお客さんはいない。

萌葱色のような薄手のニットを召して、この服がお気に入りだと言って話すお母さんから、八幡の溝上酒造と魚住酒店が先代からコラボして製造しているという地酒『うおずみ』を勧めていただく。

いまだに「辛すぎない日本酒で、、」と言う下手なリクエストしかできないが、リクエスト通りにまろやかで、朝一でも刺激抑えめに広がる甘さをしみじみと味わう。

お店は6,7人も入ればいっぱいになるほどの広さで、暖簾の奥には住居が続いている。
お母さんがアテに枝豆をちょこっと出してくれたあとは、息子さんと住居の方で休んだり家事をされたり、時々こちらの様子を覗き、たわいもない話に付き合ってくださった。

6月半ば、ちょうど梅雨入りをして初めて迎える日曜日は見事な梅雨晴れ。カウンターから外を眺めると、思い描く美しい朝そのものがあった。
爽やかな日差しと小鳥の鳴き声、あまりにも心地よい風。
地球の片隅でこんなにも穏やかに、ひとの息吹、自然の息吹を感じながらお酒をいただいている。争いとはまるで無縁のように。

ひとりだから尚更か、私がそこにいることさえ嘘みたいな時間に思わず涙腺が緩んでいた。自分でも驚いた。日本酒のグラスに置いた手に少し力が入る。
場 の持つちからというのを、再認識した時間だった。

日曜日の朝にひとりで訪れるのと、夕方にかけて常連さんたちが集まる中訪れるのとではまた印象が違ったかもしれない。
しかしこの日に体験した幻想にも似た時間は確かに私の中に刻まれ、また、この場所にも同じように時が刻まれたのだと噛み締めながらお店をあとにした。
きっと忘れてしまっても、忘れられてしまってもいいのだけど。

また門司に訪れる際には再訪したいと思う。



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