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【5】ミステリーの始め方 ~ミステリーの歩き方 前日譚~

【5】

「それじゃ、あなた。私の出す問題が解けるかしら?」
南条有栖(なんじょうありす)は鋭い視線のまま、僕にそう言った。
肩にかかった黒髪を後ろへと払い、僕の返答を待っている。

……またこの場面だ。
斜陽の差し込む、午後の教室。
当面、ミステリー研究会の「部室」と目される大学の217号教室を、僕と幸太郎は初めて訪ねたのだ。

合格の通知は、面接の翌日にメールで告げられた。
皆戸先生と1対1での、ほんの5分程度の顔合わせ。
それだけで、この僕が100人近い応募の中から選ばれたのだから、まさに狐につままれたような話だ。
しかも、である。あの幸太郎も合格していたのだ。

だが、問題はその後だった。
そう、今、僕と幸太郎が対峙している、この南条有栖だ。
彼女は僕(と幸太郎)がミステリー研究会にいることに納得していない。
理由は簡単だ。
「あなたみたいな、皆戸先生を目当てにやって来た人に、遊び半分で参加して欲しくないの」
彼女ははっきりと僕にそう言った。

正直に言おう。
僕はミステリーにも、心理学にも、ましてや皆戸先生にもさっぱり興味はない。
隣にいる幸太郎に誘われた、ただそれだけの理由でここにいる。
というのは言いすぎだが、ほぼ間違いない。

「解けなかったら、このミステリー研究会を辞めてもらうわ」
彼女は僕に最後通告を突きつける。
僕。幸太郎。そして南条有栖。
時間が凍り付いてしまったかのような張り詰めた空気が、広めの教室に充満する。
困った、と僕は思った。
……あれ?困った?どうしてだ?
「いいわね――赤沢独歩くん?」
鋭いまなざしで彼女は僕を追い詰める。
その時だった。

ギイ、と乾いた音を立てて教室の扉が開いた。
僕たち3人の目線が同時に動きだす。
その視線の集まる先に、不思議な光景が待っていた。
ブルートーンのスーツに身を包んだ男が、そこに立っていたのだ。
これは生徒か?いや、入学式でもにないのにスーツ姿……いやいや、入学式でもこんなコスプレのような恰好はしない。

男はこの教室の凍った空気を察したのだろうか、手をドアノブにかけたまま微動だにせず、こちらを見ている。
だがやがて、
「おやおや」と、その男はつぶやいた。「何か事件でも起きたか?」
「そうじゃないわよ」
南条有栖は視線を僕に向けたまま、不機嫌そうにそう答えた。
「ではこの空気は何だ?僕の目はごまかせんぞ。まさに一触即発、ジャッカルが偶蹄目(ぐうていもく)に襲い掛かる一瞬前の緊張感が漂っているではないか」
「私は食肉目なんかじゃありません」
「食肉目と言ってもその分類は多彩だ。例えるなら南条はチーターだな。肩をいかつかせ、今、目の前の2匹のインパラを仕留めようとしている……」
「誰だ、こいつ?」
幸太郎が面倒だと言わんばかりの口調で言った。
男がにやりと笑う。
「これは失礼した。自己紹介が遅れたな」
そう言って、再びドアを軋ませて扉を閉めると、糊のきいた白いシャツから伸びる赤いネクタイをグイと締め直した。

「ボクは陽炎。東野陽炎(とうのかげろう)。
このミステリー研究会のリーダーだ」

かげろう?リーダー?

「……お見知りおきを」

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