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【2】ミステリーの始め方 ~ミステリーの歩き方 前日譚~

【2】
「よお、俺、井沢幸太郎。よろしくな?」
いつの間にか後ろの席に座っていた男は、そう言って僕に笑いかけた。
誰もがスーツ姿でまわりを窺う中、僕と同じ普段着で現れたのが、この井沢幸太郎(いざわこうたろう)だった。
たまたま五十音順に座っただけなのだが、この偶然の出会いに、僕は大いに助けられた。その人懐っこい笑顔と屈託のない話し方が、人見知りな僕にはありがたかったのだ。
細身の体躯に緩めのニットセーター、明るく染めあげた髪。
薄く笑うその顔には、すでに友人を迎える準備ができている、というような雰囲気があった。
それと同時に、スーツ姿の新入生たちにとって、私服姿で並ぶ僕たちふたりは少々異様な光景に見えたに違いない。

「僕は、赤沢独歩。よろし――」
「どっぽ? どっぽっつーの? なんか珍しくね? どんな字、書くんだよ?」
「えっと、孤独の独に、歩くって――」
「ひえー、マジか、かっけーな。孤独に歩くって、どんだけストイックなんだよ? なに、兄弟もみんなそんな感じのイケてる名前、付いてんのか?」
ひと言返すと、倍以上になって返って来る。自分のターンが手数として少なくなるのは、話下手な僕には好都合だ。
「どうかな。妹は“みづき”と言って――」
「ちょっと待て、おまえ、妹ちゃんがいるのか。なぜそれを早く言わない。もう俺とおまえは親友だ」
「そうなのか?」
「ああ、そうだ。よし、当ててやろう。“みづき”か。漢字は、そうだな……“美”しい“頭突き”。……どうだ?」
「それだと“みずつき”だな」
ぎゃははは、と爆笑する幸太郎。

こうして僕たちの関係は始まった。

   ※ ※ ※ ※ ※

数日後。

語学クラスの教室でウトウトしていた僕は、その幸太郎にゆすり起こされた。
視界が揺れる中、僕は意識が体に戻るのをビリビリと感じとる。
「あ……授業、もう終わった?」
「ああ、たった今な。起こさないでやったんだから、ありがたく思えよ?」
そう言って幸太郎はニヤリと笑う。「時に独歩よ。大学での活動は、もう決めたのか?」
活動?と、僕はオウム返しする。
「サークル活動でもゼミでも、なんでもいいんだけどさ。この有り余った時間を有意義に使うためには、やっぱり、何かを始めるのが一番じゃないかと思うんだよな」
何も決めてない、と僕は短く告げる。
「そうか、まあそうじゃないかと思ってたぜ。よし、じゃあ、決まりな? 俺に付いてこい!」
付いてこい、って……。
「説明は歩きながらだ」
そう言って、僕の前を歩き始める。慌ててその後を追いながら、幸太郎に小さな抵抗を試みる。
「いったい、どこに連れていくつもりだ?」
幸太郎は悪戯っぽく唇の端を持ち上げた。
「美女……じゃなかった、ミステリーは好きか?」

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